親日ミャンマー人が現地で経験した2度目のクーデター

(20)今のミャンマーはかつての日本
(本稿は2021年3月執筆です)

 今は21世紀、世界は著しく変貌している。デジタル社会では国境はなく、すべてが競争原理にしたがって生きていかなければ取り残されてしまう。世界の情報もデジタルによって格差はなくなり、ミャンマーの若者たちも賢くなっている。

 ミャンマー人も自分たちの能力を世界で発揮し、世の中のために役に立ちたいという思いがある。しかし、教育と環境が未整備だったため、時間を無駄にし、現在は国の発展どころか自分たちの生活を守ることだけで精一杯。未来も見えず、足元を見て生きていくしかないという状況となっている。

 一部の若者たちは出稼ぎ労働者として周辺諸国で働き、スキルを身につけ、わずかな資金で事業を立ち上げ、母国の発展に身を捧げようとしている。年配者も海外でチャンスを見つけ最先端のビジネスを学ぼうと努力しているが、重要であるミャンマーの成長が遅く、世界基準のビジネスができる環境が整っているとは言い難い。そうした環境が整うまでには時間がかかるだろうが、競争社会が生まれることを誰もが望んでいる。

 ミャンマーは多民族国家であり、5~60年に渡り国軍が権力を握っていたために安定的な仕組みが構築できず、不安定な政治と社会が続いてきた。権力者による自己の利益優先が、競争社会ではなく利権社会を作り出してしまった。模範的な経営者はなかなか現れず、社会的責任を負わない財閥ばかりが肥大化、利権のみを奪い合う歪な経済になってしまった。自国の製造業は成長せず、長期的な計画もなく、場当たり的な投資ばかりが行われてきた。競争原理がないため、大手企業が育たなければ、中小企業が出てくるわけがない。それはまるで明治維新の頃の日本と似ているのではないかと勝手に思っている。

 法律や制度も、常に軍関係者か政府の高官絡みの企業だけが優先されてきた。賄賂が横行すれば、軍関係者や政府高官の富はふくらむばかり。そのため、賄賂を受け取る側になりたがる人間ばかりが増え、権力闘争は終わらない。それに加え、武器も持ち、法律も操れるとなれば、そのポジションから離れたくなくなるのは当然であり、一方で自分の味方以外をすべて敵視し、排除する。そうした点も戦時の日本の軍隊とも似ているのではないだろうか。政治的な構造もかつての日本の感覚に近いのではないかと思う。

 ミャンマービジネスは現金主義が一般的なので、投資や貸付といったことが難しい。自己資金でしか動かせられないので投資を募ること自体のハードルが高く、自ずと短期的なキャッシュフローでしかビジネスを展開できない。もしくは、ギャンブルのようなリスクの高いものに限られる。今もなお、ミャンマービジネスの根幹はブローカーのようなやり方が主流のため、製造業も育たず、国際競争力が上がらないという結果を招いてきた。銀行、金融機関も未発達であり、担保がなければ借り入れができない厳しい状況である。農業開発もインフラも未整備であり、経済を復活させる改革を急がなければ、社会は停滞したままとなる。まだまだ海外の支援、投資が必要だが、クーデターによってしばらく止まってしまうだろう。

 今のミャンマーを見るとき、戦前戦後の日本も同様であったとみて思ってほしい。そうした視点になってもらわないと「ズレ」を感じてしまうケースが多々あるからだ。

 今後も日本の支援は必要だと思っている。だからこそ、俯瞰した目線でミャンマーを見てもらいたい。

(続く)

Bandee
1965年、ヤンゴン市生まれ。88年、ヤンゴン大学在学中に8888民主化運動に参加。91年に日本に留学し、語学を学ぶ。2004年にミャンマーに帰国後、ボランティアの日本語講師となる。現在は主に人材派遣の育成プログラムを作成し、教育事業を行っている