現地弁護士が解説 ミャンマー政変後のビジネスの留意点(2/22 UPDATE)

【コラム】 2021224

本誌でコラムを執筆いただいているTMI総合法律事務所の甲斐史朗弁護士と、国際通商法が専門のTMI総合法律事務所の戸田謙太郎弁護士、奥村文彦弁護士に、ミャンマー政変後のビジネスの留意点について解説してもらいました。

ミャンマー政変後のビジネスの留意点
~アメリカ経済制裁とは何か~

2月1日未明にミャンマーで軍がアウン・サン・スー・チー国家顧問及び複数のNLDの国会議員、党幹部らを拘束し、政権を掌握しました。これを受けて、アメリカのバイデン大統領は、同月10日、ビルマ(ミャンマー)の状況に関する資産凍結のための大統領令(Executive Order, Blocking Property With Respect to the Situation in Burma。以下「本大統領令」といいます。)に署名し、翌11日、The Office of Foreign Assets Control(OFAC・財務省外国資産管理室)は、本大統領令に基づき、ミャンマー軍関係者等に対する経済制裁を発動しました。
ミャンマーでの長期的なビジネスを考える上では、同月11日に発動された経済制裁によって、日本企業がどのような影響を受けるのでしょうか。この「経済制裁」とは、いったいどのようなもので、ミャンマーでビジネスを行う日本企業は、どのような点に気を付ければよいのか、以下検討します。

アメリカの経済制裁とは
OFACは、特定対象国やテロリスト等によって米国の安全保障や外交政策等に脅威となる活動に関与した者に対する経済制裁や取引規制を行っています。
2016年10月以前のミャンマーへの経済制裁は、ビルマ制裁規則(BSR)を根拠としていました。具体的な制裁措置は、それぞれの根拠法令に基づき、大統領令(Executive Order)により定められており、大統領の裁量が強いといえます。本大統領令に加え、今後、ミャンマーにさらなる経済制裁を行うか否か、行う場合にどのような内容とするかは、バイデン大統領が決することになります。

包括的制裁プログラムと限定的制裁プログラム
① 例えば、イランやキューバについては、概ね以下のような包括的制裁プログラムが課さ れていました。
 ✓ 資産凍結(対象国政府・対象国国民)
 ✓ 輸出入の原則禁止
 ✓ 対象国原産の商品・サービスの取引の原則禁止
 ✓ 対象国国内、対象国政府及び対象国国民との金融取引は原則禁止
 ✓ 10%以上の米国原材料を含む製品の対象国への輸出の禁止
ミャンマーについては、2016年10月の制裁解除以前においても、このような包括的制裁プログラムは、課されていませんでした。

② 限定的制裁プログラム
ミャンマーにおいては、2016年10月以前においては、US personが以下の行為を行うことができないという制裁が課されていました。
 ✓ ミャンマーへの新規投資の禁止
 ✓ ミャンマーへの金融サービス輸出の禁止
 ✓ ミャンマー原産の産品の米国への輸入禁止
 ✓「特定の者」との取引禁止、「特定の者」の資産凍結

上記の制裁措置は、ミャンマーでの民主化に伴って緩和され、2016年10月7日に原則的に解除されました。

誰の行為を禁止しているか(US Person)
上記の行為が禁止されるUS Personとは、以下の者を意味します。
 ✓ 米国籍や米国永住権を有する個人(米国外在住者を含む)
 ✓ 米国内の法令に基づいて設立された法人・団体
 ✓ 米国内の外国法人の支店・営業所・駐在員事務所
 ✓ 米国に居住・訪問している個人(国籍を問わない)

日本企業の多くは、上記のUS Personには該当せず、Non-US personに過ぎないため、対象国において取引を行ったことが直ちに制裁対象となることは通常ありません。
もっとも、Non-US personであっても特定の取引が制裁対象として米国の経済制裁規制の対象となる可能性もあるため、取引を行うにあたっては米国による制裁のリスクに留意しながら実施する必要があります。
また、対象国への送金がドル建てである場合、例えば送金銀行と着金銀行がいずれも日系銀行であったとしても、送金の過程で米国の銀行を経由する場合が少なからずあり、資金凍結のリスクが生じ得ます。

制裁対象者(SDNリスト)
次に、制裁対象者である「特定の者」については、SDN(Specially Designated Nationals)リストにおいて指定される制裁対象者(制裁対象者が50%以上の持分を有する組織を含む。)を言います。
誰が制裁対象者として指定されているかは、OFACのウェブサイトで検索することができます。

2月11日に発動された経済制裁の概要
2月11日、OFACが発動した経済制裁によって、今回の政変を主導したとされる10名の個人(別の理由で既に制裁対象者に指定されていた2名を含みます。)、及びミャンマー軍又は治安部隊が支配する3社の法人がSDNリストにおいて制裁対象者に指定されました。制裁対象者の詳細は、アメリカ財務省のウェブサイトをご参照ください。
これらの制裁対象者について、アメリカ国内又はアメリカの支配下にある資産は直ちに凍結され、その家族を含め、アメリカへの入国が禁止されました。また、US Personは、制裁対象者の資産に関して取引を行うことが原則禁止されました。
なお、本大統領令は、制裁対象者に対して支援を行った者、及びそのような支援を行うための物品又は役務を提供した者も、経済制裁の対象となりうると規定しています。そのため、本大統領令に基づく制裁対象者は、今後さらに増加する可能性があります。

想定されるリスクと対応方法
ミャンマー関連の事業活動を行う場合、以下のようなリスクと対応方法が考えられます。
① ミャンマーでのJVパートナーが、制裁対象者に指定された。
② ミャンマーの取引先が制裁対象者に指定され、送金することが困難となった。
上記①については、継続的に制裁対象者のリスト更新を確認するとともに、仮に制裁対象に指定された場合に、合弁契約上、どのような取扱いとなるか確認する(これから合弁契約を締結する場合は、制裁対象者ではない旨の表明保証を入れる。)等の方法が考えられます。
上記②については、資金の送金に際し、経済制裁で資金が凍結された場合には、不可抗力として支払義務は不履行とならないという条項を入れること等が考えられます(2016年以前のミャンマーとの取引においては、このような規定を入れることが一般的でした。)。
また、上記の本大統領令が、制裁対象者に対して支援を行った者、及びそのような支援を行うための物品又は役務を提供した者も、経済制裁の対象となりうると規定していることから、上記①②を行うことで、かかる支援に該当しないように留意する必要があります。具体的には、SDNリストにおいて制裁対象者として指定されていないか、および、制裁対象者がJVパートナーまたは取引先の50%以上の持分を有していないか、を確認することが必要となります。

なお、2015年に当時SDNリストに記載されていたAsia World Port Terminal (AWPT)社(ヤンゴン港のターミナルを運営し、同港の貨物の半数近くを取り扱っている。)の名称が陸揚げ港として取引書類に記載されている送金ができなくなる事態が発生し、現地で混乱が発生した例があり、必ずしも取引の直接の相手方が制裁対象企業でなくても、取引に影響が生じる場合があります。このような事態も想定して、契約書の文言は作成しておく必要があるといえます。
また、OFACが2019年5月にFramework for OFAC Compliance Commitmentsを公表し、企業がOFAC遵守のためにどのようなコンプライアンス体制を構築していくべきかについてのフレームワークを示しているため、これを参考に社内のOFAC遵守体制を検討していくことも有益です。

今後の留意点
米国は、軍政の動向を注視しながらミャンマーに対してさらなる経済制裁を課するかどうかの判断をしていくことになるものと思われます。また、状況次第では、今後、米国を含む各国において輸出規制措置の強化などの規制強化が検討されていく可能性も考えられます。現に、2月11日、アメリカのThe Bureau of Industry and Security(BIS・商務省産業安全保障局)は、ミャンマー軍関係機関に対する機微度の高い品目の輸出、再輸出又は国内移転を原則禁止するとともに、ミャンマーへの輸出、再輸出又は国内移転に関する事前許可を取得する義務の免除措置を停止するなど、ミャンマーへの輸出規制を強化しています。この輸出規制強化は、再輸出(アメリカから第三国に輸出されたアメリカ原産品目を第三国の品目に組み込んでミャンマーに輸出することをいいます。)も対象とするため、例えば日本からミャンマーに物品を輸出する際にも適用される可能性があり、輸出品目のエンドユーザー及びアメリカ原産品目の使用状況を確認する必要が生じると考えられます。
このようなグローバルでの規制環境の変化が、日本企業のミャンマーでの企業活動に具体的にどのような影響を与え、これを解決するために具体的にどのような方策を採る必要があるかについては、各国における規制の動向に精通した法律の専門家による検討を経た上で冷静に判断していく必要があるものと考えます。


甲斐史朗(かい ふみあき)
TMI総合法律事務所パートナー。日本国弁護士。早稲田大学政治経済学部政治学科、ロンドン大学LLM卒業。2015年1月よりヤンゴンに駐在し、6年超にわたり数多くの日本企業のミャンマービジネスを支援している。会社設立、投資認可申請、M&A、ファイナンス、知財、労務、不動産開発案件等、日本企業のあらゆるミャンマーにおける法務ニーズに対応。

戸田謙太郎(とだ けんたろう)
TMI総合法律事務所パートナー。日本国弁護士、ニューヨーク州弁護士。東京大学法学部第一類卒業、テンプル大学ロースクール卒業(LL.M.)、中央大学法科大学院卒業。TMIプライバシー&セキュリティコンサルティング株式会社取締役。
国際通商(経済制裁、アンチ・ダンピング)、独占禁止法・競争法、海外贈収賄規制、グローバル・コンプライアンス、情報ガバナンス、公益通報者保護法などを主な取り扱い分野としている。The Legal 500 Asia Pacific 2020及び2021では、Antitrust and competition分野においてNext Generation Partnersに選出されている他、Co-Headを務める国際通商チームは、Chambers Asia-Pacific 2021のInternational Trade分野においてBand 2の評価を受けている。

奥村 文彦(おくむら ふみひこ)
TMI総合法律事務所アソシエイト弁護士。国際通商(WTO諸協定、経済制裁、アンチ・ダンピング)、独占禁止法・競争法、資本市場法、インド法務などを主な取扱分野としている。

TMI総合法律事務所
+95(0)1-255-047
弁護士約500名、弁理士約90名を擁する日本の五大法律事務所の一つ。
ミャンマーには、日本の法律事務所として最初に進出し、2012 年にヤンゴンオフィスを開設。

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