【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉が日本・ミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

安倍昭恵 氏(P.2)

出会った人々が見せるミャンマーへの思いに感化

永杉 ミャンマーに関する活動を始められたのは2006年ですから、今年で18年目。息の長い活動になっていますね。

安倍 さまざまな活動を続けてこられたのは、ミャンマーに熱い思いを抱く方々との出会いが大きかったと思っています。みなさん、本当に多くの苦労を重ねながらミャンマーのために奔走しています。そうした姿に私も強く影響されました。
例えば、寺子屋支援でお世話になっているNPO法人メコン総合研究所の岩城良生さん。彼は元々ミャンマー出身で、今は日本に帰化をしています。来日当初は本当にご苦労されたそうで、大人数で同居して自分は押し入れの中で寝ていたなんてお話も聞きました。苦学の末に日本語学校、大学、大学院と進学して、今も両国の架け橋となる仕事を続けています。
ジャパンハートの吉岡秀人先生との出会いも素晴らしいものでした。吉岡先生がよくおっしゃっているのは「先の大戦でお世話になったミャンマー人への恩返しである」ということなのですね。決して、貧しいから支援してあげるみたいな考え方ではなく、過去から続く日本とミャンマーのご縁をつなぐという考え方に、深く共感しています。

永杉 ご主人の戦後補償交渉のエピソードといい、昭恵さんとミャンマーにも、先の大戦から続くご縁があるのかもしれませんね。

安倍 実は、近年もそう思わされることがありました。山口県下関市に「uzuhouse」というゲストハウスがあります。私はこのプロジェクトに開業前から少々関わっているのですが、オープン予定地を聞いたときもミャンマーとのご縁を感じずにはいられませんでした。「uzuhouse」があるのは赤間神宮の目の前で、海に面した場所。関門海峡を隔てたすぐ先は北九州市の門司ですが、そこには世界平和パゴダがあり、ゲストハウスからパゴダを遠くに望むことができるのです。

永杉 旧日本軍の兵士たちは、門司港からビルマなどの南方戦線へ出征しました。彼らを慰霊するため1958年に建てられたのが世界平和パゴダです。日本で唯一ミャンマー仏教会に認められている寺院で、2021年には国の登録有形文化財(建造物)にも指定されています。まさに、先の戦争と密接に関わる施設ですね。

安倍 私はゲストハウスの場所決めに一切関わっていないのですが、その場所に決まったことを聞いたときは驚きました。長年ミャンマーとの関わりを続けていますが、時折このように「ミャンマーに呼ばれている」というご縁を感じることがあります。

▲アウン・サン・スー・チー氏と

ミャンマーの国内避難民は260万人以上に