このコラムは、ミャンマー在住の日本人ジャーナリストが『日刊ベリタ』に匿名で寄せたものをMYANMAR JAPONが固有名詞や用語を本誌に合わせて再編集したものです。記事の内容は筆者の見解であり、弊社ならびに日刊ベリタの意見を表すものではありません。

スー・チー氏復権の可能性も
ミャンマー最前線からのレポート(3)

 建国記念日(1月4日)の恩赦で1万人余の囚人が社会に戻った。昨年7月には、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チー国家顧問を刑務所独房から政府関連施設の「住宅軟禁」に移したりもしている。このように軍政は小出しに反軍勢力の反応をうかがってきたのだが、ミン・アウン・フライン総司令官の強気の発言や希望的観測に反して、ミャンマー軍は坂を転げ落ちるように窮地に陥っており、軍幹部の間にも「ここまで来たら、スー・チー女史の復権しか打開の道はないのではないか」という声さえ出てきている。

▽カギを握る中国の出方
 実はこれは全く不可能なこととは言えなくなっていると筆者はみている。ミャンマー国内の政治、軍事、経済の環境は、その道を探っていくしか国の将来はおぼつかない段階にきていると思える。それを可能にするかどうかの大きなカギを握っているのは、国内的には各反軍勢力の相互理解、自制、共闘体制が進むかどうかであり、国際的には一番に中国の出方と言えよう。遺憾ながら日本政府にはその役割はほとんど期待できない。ミャンマー軍のクーデターは、日本外交の決定的失敗を明るみにしてしまったのだ。

 結論から先に言えば、中国にとって2016~2021 年のスー・チー政権時が最も良好な環境であった。中国の基本姿勢は、台湾問題を除けば経済第一、経済最優先である。そのためには国民の圧倒的支持をうけたスー・チー安定政権と良好な関係を築きながら、その一方でミャンマー軍との太いパイプを握る。これが中国のもっとも望ましい姿である。

 民政移管で経済開放を進めたテイン・セイン大統領 (2011~2016年) は、自国の利益を損ないかねないとの理由で中国プロジェクトの巨大ダム「ミッソンダム」の建設を中止させた。また、石油港とパイプラインの稼働を大幅に制限した。国産の天然ガス輸送は許可しても、中東アフリカ産の石油に関しては「手数料」しか入らないからと中国の要求に応じなかった。しかし、中国の「一帯一路」戦略を受け入れ、「中国との歴史的協力関係を重視」する方針に転換したのはスー・チー政権であった。

 クーデター前の2021年1月12日に行われた王毅外交部長とミン・アウン・フライン総司令官との会談について、興味深い証言を聞いた。

 首都ネピドーで行われたこの会談で、NLDが圧勝した選挙結果について総司令官は「不正があった」と強調した。だが王毅部長は黙って聞くのみで同意しなかった。会談が終わり一行が引き揚げていくと、総司令官は単独で後を追い「もう少し話させてくれ」と引き止めた。そのあと非公式の話し合いが2人だけで行われ、総司令官は「この選挙不正は受け入れがたいのだ」と何度も言ったという。その必死の様子から、中国側は「クーデターもありうる」と判断した。(警備にあたったミャンマー軍幹部の証言)

 筆者はラカイン州の中国石油タンカー港と石油・天然ガスパイプライン(雲南省までミャンマー国内793km)を調査したことがある。その石油タンカー入港記録や石油積載量などのデータを分析していくと、興味深い事実が浮かび上がってくる。

 中国は、ミャンマー総選挙の結果発表後50日間(2020年11月17日~21年1月6日)は 石油タンカーの入港を止め、王毅部長訪問に合わせ2隻だけ(計60万トン)入港させ、会談後は再度30日間寄港させなかった。ここから言えるのは、中国はいかに政情安定を期待しているかである。

▽中国がミン・アウン・フラインを見限る日
 「一帯一路」の重要な柱でもあり習近平国家主席の威信にかかわるこの石油パイプラインプロジェクトを進めるには、少数民族地帯の軍事的、政治的安定が不可欠である。アラカン族のラカイン州から始まりシャン州から雲南省に抜けるからだ。クーデター後しばらく経って、ミャンマー軍は石油港とパイプラインの警備強化を中国に約束した。だが、現在の軍にその力はもはや無い。ミャンマー軍が担保できなくなれば、中国が軸足を少数民族武装勢力側に移しても不思議はない。

 2023年10月27日の少数民族武装勢力による軍拠点攻略は、中国国境沿いと北部ミャンマーの力関係に大きな転換をもたらした。これは中国が軸足を換えたことの実例であるが、それ以上に深い要因がありそうだ。

 これも軍中枢のミン・アウン・フラインに批判的な幹部たちからの情報である。
 中国・ミャンマー国境に沿う地域には、麻薬(ヘロイン)と違法薬物(覚せい剤)の製造拠点があり、オンライン詐欺や不法なインターネットギャンブルの国際センターがある。その収益は膨大な額になり、中国人の被害者も数十万人に及んでいるとみられている。習近平政権にとっても取締りの対象となった。しかも、その不法地帯をミャンマー軍が支えている。財政難に陥った軍は、その不法な巨大ビジネスに深入りする。

 中国の監視の目が厳しくなるにつれ、ミャンマー軍はロシア接近を強め、戦闘機や石油などの支払いに不法ビジネスからの収益を充てている。そのように見た中国は、ミン・アウン・フライン総司令官を見限るに違いないというのだ。

 また、EVや携帯電話のバッテリーに必要なレアアースは中国が世界一の生産量を誇るが、それでも足りていない。数年前に発見されたミャンマー内のレアアース鉱物資源は、カチン州に集中している。

 政治的安定にはほど遠く、中国の権益や国益保証もおぼつかないとなったらミン・アウン・フラインを中国は見放すだろうという見方は、いま軍幹部の間でさえ拡がりつつある。 (つづく)
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