紙幣が足りず、ドルも枯渇した混沌の金融市場 ミャンマーチャットの行方

紙幣が足りず、ドルも枯渇した混沌の金融市場
ミャンマーチャットの行方

カンターヤーセンターのATMに並ぶ市民。いつまでこうした状況が続くのか
チャット暴落の危機をはらみ、紙幣の印刷もできず、ドル不足という三重苦の状態にあるミャンマーの金融市場。毎日ATMの前には行列が途切れず、不安は増すばかり。一体チャットはどうなってしまうのか? 金融関係者に聞いた現状をお伝えする。
<MJビジネス 2021年6月号掲載のコンテンツから構成しております>

銀行への不信感から数百人がATMに並ぶ
 ミャンマーチャットの下落が止まらない。5月10日に1ドル=1,660チャットとなり、過去最安値を更新。これに対し、中央銀行はローカル銀行に米ドル売り・チャット買いの介入を行い、チャット下落を食い止める策を講じた。一方、元々の銀行への不信感も相まって、今も街中のATMには市民の行列が途切れず、銀行から預金を引き下ろそうとする人が絶えない。

 順序立てて説明していくと、異変が起きたのはミャンマーの正月休みである4月のティンジャン前だったと記憶している。市民不服従運動(CDM)の影響で銀行業務も閉じていることから、大型連休を前にATMには行列ができていた。当時どこのATMでも多くて30人ほどに過ぎなかったが、4月後半になるとその数は日に日に増していき、5月初旬には数百名という大群に変貌。ヤンゴンを代表するショッピングモールのAYA BANK、KBZBANKのATMは連日の行列によって、午前3時から行列に並ぶ人や6時間並んでも出金できなかったといった悲痛の声がSNS上に溢れた。こうした異常事態を受け、ある地場銀行では1日20万チャットまでの出金といった制限を設定。ちなみにネット送金は可能なので、銀行口座を持つ従業員への給与払いといったことは問題なく行えている(が現金を引き下ろせない)。
 前述したようにこの国の銀行に対する信用は決して高くない。クーデター後その不信感はさらに高まり、資産を守るべく、早々に銀行から預金を自身の“タンス”に移動させるのは、ある意味自然な流れだろう。
 
 こうした金融不安に、さらに拍車をかけているのがチャット供給の枯渇。4月3日、ミャンマー政府への紙幣印刷技術や原材料の供与していたドイツの総合印刷企業はサービスの停止を発表。もはや中央銀行が紙幣を刷れないとなれば、市中に回る量は限られ、混乱が起きるのも当然(あえてチャット暴落を避ける狙いもあるかもしれないが)。

 そして「チャット下落」と「チャット不足」に加え、多くの日系企業を悩ませているのが「ドル不足」。それらが同時に混在するのが現在のミャンマーであり、非常に不安定な状況となっている。

ドルの確保が最優先だが手元のキャッシュも不可欠
 「チャット安は避けられません。為替を決める一番の要因はその国への信頼。それが大きく揺らぎ、さらに過去3回の廃貨を経験しミャンマー人はチャットを信じていないので、チャット安を止める手立てはありません」と話すのは金融関係に勤めるAさん。為替は中央銀行が操作するほど異常を来し、流動性は下落。正直、在住者の肌感覚では1ドル=1,800程度でもいいと感じているが、市中の両替所は今もまだ1,600台。背景には、前述した中央銀行の介入もあるが、当然チャット高の水準でドル売りを行う市場参加者はいない。結果的にインターバンクマーケットは機能しなくなる。「1ドル=1,800となればドル売りをしてくれる人がいるかもしれない。しかし、1,600で中銀が抑えれば、当然売りたいとは思わない。そうなると一切ドルが回らなくなり、インターバンクマーケットも動かなくなります。中央銀行が市中にドルを売っても外貨準備高は限られており、さらにマーケットの機能を奪うことになります」とAさん。

 元々ミャンマーでのドルの獲得は観光客からもたらされるものが大きかったが、コロナ禍以降は実質ゼロ状態。さらにチャットの信頼性が低落すれば、需要は自ずとドルに流れていき、ドルキャッシュを貯め込む人が増加する。こうした金融不安を受けて多くの日系企業もドルの引き下ろしに躍起になっているが、銀行業務が機能していないため問題解決には至っていない。そして、まだ見通しは立っておらず、Aさんは「しばらく様子見しかありません」と嘆く。
 このままでは1ドル=2,000チャットになってもおかしくないとAさんは話し、日系企業にとっては従業員の給与払いや協力会社への支払いといった資金繰りを避けることができず、非常に困難な状況を余儀なくされている。

 現状、資金繰りの優先順位はドル確保が上位になるものの、手元のチャットが枯渇というアンバランスななか日々の情勢を見定めるしかないという不安な日々が続いている。想定される最悪のシナリオが市中のチャットが枯渇した結果、ドル両替も受け付けてくれなくなることだ。チャット欲しさにクレジットカード対応を控える店舗も増えてきているため、そうなれば八方塞がりとなり、派遣職員の帰国という選択もあるだろう。クーデター以前まではキャッシュレス化も進みかけていただけに非常にもったいないタイミングで事態が急変してしまった。

 Aさんは「チャットが暴落してもインターバンクマーケットが動けばまだいい。インターバンクマーケットの崩壊は、経済の崩壊を意味します。経済を動かすための施策が急務となるでしょう」と語った。

▲暴落の可能性もはらむチャットだが、5月22日時点で1ドル=1,645チャット。日々動向を注視する必要がある