【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉が日本・ミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

Spring Revolution Restaurant 発起人・看護師 レー・レー・ルイン氏

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今回のテーマ
ミャンマー支援のためのレストランを日本に

レー・レー・ルイン氏 [LAE LAE LWIN]

Spring Revolution Restaurant 発起人・看護師
マンダレー近郊の村に生まれ、幼少期は両親の転勤に伴いカチン州などで過ごす。マンダレー看護大学に進学し、卒業後はAsia Royal Hospitalに勤務。2013年に来日し、奈良県の白鳳短期大学で学び2017年に卒業。同年、日本の看護師国家資格に合格する。現在は都内病院の感染症研究病棟に勤務。クーデターをきっかけに2021年6月、「Spring Revolution Restaurant」を開き、ボランティアの一員として運営にあたっている。

喫茶店で偶然の出会い
半年間の猛勉強で日本ビザ取得

永杉 お蔭様で、ミャンマージャポンはこの7月号で創刊9周年を迎えます。2013年から今までTOP対談や取材に応じて頂いた方、クライアントの皆様にはこの場をお借りして心より御礼を申し上げたいと思います。

レー ミャンマージャポンさんは日本語の勉強もかねて昔から愛読していましたが、9年目になるのですね。本当におめでとうございます。大変だと思いますが、これからもミャンマーと日本のために頑張ってください。

永杉 さて、本日は東京池袋にあるミャンマー料理レストラン「SpringRevolution Restaurant」に来ています。クーデターに抵抗するミャンマー国民を支援する目的で2021年6月に開業した店で、店名は市民不服従運動が「春の革命」と呼ばれたことにちなんでいます。今回お話をうかがうのは、発起人であるレー・レー・ルインさん。都内病院で看護師をしながら、ボランティアの一員としてお店の運営にあたっている方です。まず、日本で看護師になるまでの半生を教えてください。

レー 生まれはマンダレー近郊の小さな村です。幼少期は公務員だった両親の転勤に伴ってカチン州などで暮らしていました。子どもの頃から読書が趣味でしたが、特にミャンマーの有名な外科医の活躍を取り上げた本が大好きで、自分も外科医を志望するようになりました。成績は良く、医大に進学する条件はクリアしていたのですが、残念ながらミャンマーの医学界は実力主義ではありません。男女差別が根強く、女性が医大に進学するためにはコネクションの有無や親の経済状態に左右されるのが現実です。それで医大を諦めて、マンダレーの看護大学に進学しました。当時は酷く落胆していましたね。自分よりも成績が良くなかった人が医師の卵として活動しているのを目にしたときは、看護大学を辞めてしまおうかとまで悩みました。ミャンマーはリスタートが難しい社会なので中退はしませんでしたが、この閉鎖的な国で働くことはできないと考えて、英語の勉強に力を入れ、海外で働くことを希望していました。
 そのようなとき、日本語を学ぶ友人から日本で看護師をする道もあることを教えられました。もともと日本のアニメやドラマが大好きだったので、日本語の勉強も始めることにしたのです。

永杉 今はとても流暢な日本語を話されていますが、勉強をし始めたのは比較的遅かったのですね。当初から日本への留学を視野に入れていたのですか。

レー いいえ。ビザ取得のためには日本語能力試験の2級(N2)程度が必要なのですが、当時は「あいうえお」レベルでしたから、日本語学習は趣味程度で、あくまでも英語を生かせる国へ行くことが第一目標でした。
 でも、その時期にとても大きな出会いがあったのです。ある日、学校の近くの喫茶店に入ったら、言葉が通じずに困っている日本人男性がいました。注文のお手伝いをしてあげたその人が、看護大学に視察で訪れていた白鳳短期大学の理事長だったのです。そこから交流が始まり、理事長がプライベートで行っている貧困地域のボランティアのお手伝いをするなどの関わりを続けてきました。そして卒業後に理事長から、日本で勉強しないかとお誘いを受けたのです。その頃もN2には程遠いレベルでしたが、半年間猛勉強して受験しました。結果は5点ほど足りず不合格だったのですが、合格点に近い点数を取れたことでビザが発給されました。そして来日したのが2013年のことです。

永杉 N2に不合格だったとはいえ、半年間の勉強でビザを発給されるまでレベルアップされたことはとても素晴らしいと思います。しかし、来日当初は相当なご苦労もあったのではないですか。

レー 9月に来日して、入学する翌年の4月まで某病院で看護助手のアルバイトをしました。学費の他に生活費も稼がなければいけないので、その病院から得られる奨学金を目当てに働き始めたのです。ただ、同僚からいじめのようなことを受けてしまい、私も負けずに彼らに対抗していました。しかし、病院側からは言語的な問題もあり、日本人でも難易度の高い看護師試験に合格するのは難しいと判断され「奨学金は出さない」と通告されてしまいました。途方に暮れて他の奨学金制度を探していたら、病院の看護師長の方が助け舟を出してくれました。彼女は私の仕事ぶりを高く評価してくれていて、個人的に支援したいと申し出てくださったのです。それで学費と生活費の目処を立てることができ、2017年に白鳳短期大学を卒業して、国家試験にも合格できました。
 看護師長ご夫妻には資金援助だけでなく、本当の娘のように接してもらっていて、私も日本のお父さんお母さんだと思っています。お二人には心から感謝しています。

日本の親が実の娘のように支援してくれた

▲ミャンマー民族料理の講演会も開催

少数民族の料理を提供
新たなコミュニティの場に

永杉 そして卒業後は都内有名病院の感染症研究病棟に勤務し、今では新人看護師の教育も担当されるなど着実にキャリアを積み重ねてこられました。しかしそのような中、2021年2月に母国ミャンマーでクーデターが発生。6月には在日ミャンマー人らに呼びかけ、ミャンマー人オーナーのもとでミャンマー支援のためのお店を開店させました

レー 最初は自分の収入から支援金を工面していましたが、そのやり方では長続きしません。ミャンマーの現状を知ってもらい、広く支援を求める形に変えていかなければいけないと感じました。そこで、皆が興味を持つ「食」を通じた活動にすれば注目されやすくなると考え、開店を決意しました。私も含めてスタッフは完全ボランティアで、利益は全額支援金に回しています。

ミャンマーを応援するメッセージが壁面に散りばめられている

永杉 本格的なミャンマー料理を味わえると評判です。特に昼間のランチビュッフェが1時間1,200円でさまざまなものが食べられて好評だとか。

レー 馴染みのない国の料理を食べるとき、一品料理を頼んでそれが口に合わなかった場合、その国の料理全部が苦手だと思ってしまうことがあります。でも、食べ放題ならばいろいろなものを少しずつ試せるので、口にあうものを見つけてもらいやすくなりますよね。私はミャンマーの惨状をアピールするだけではなく、お店の運営を通じてミャンマーのファンを獲得し、「好きな国ミャンマーを支援したい」と思う人を増やしたいと考えています。ですから、食べ放題にしてミャンマー料理を好きになってもらうための間口を少しでも広く空けておきたいと考えているのです。

永杉 開店から一年経ちました。大手メディアにも取り上げられて運営は好調のように見えます。どのような手応えを感じていますか。

レー 1ヵ月に一度は、地方の料理をメインにしたランチビュッフェを企画するなど、少数民族の料理にフォーカスしていることが当店の特色なのですが、これに大きな手応えを感じています。日本ではなかなか食べられない料理を提供することで、地方出身のミャンマー人が数多く来店してくれるようになり、ミャンマー人コミュニティが広がり成長しました。お店が交流の場になりはじめていて、これからさまざまな活動をする上でも重要な場所を作れたと思っています。
 また、少数民族の料理を提供することは日本人へのアピールという意味でも手応えを感じています。多民族国家であるミャンマーという国を知ってもらい、それぞれの民族の文化や風習も楽しんでもらえればうれしいですね。

ミャンマーが平和になったら
諸外国を助ける活動をしたい

永杉 レーさん個人としてどのような将来像を描いていますか。

レー 昔は、英語を生かすべくオーストラリアに行って医学の道のキャリアアップをしたいと考えていました。ただ、クーデター後はその思いがなくなりました。今は人を助ける活動を続けたいと思っています。この店はボランティアスタッフに支えられて存続できているので、私も誰かの活動をサポートできる人間でありたいと思います。今は、この思いをミャンマーに向け、国を立て直すことに尽力します。そして、いつの日かミャンマーが再び発展の道を進むようになった時は、諸外国で苦しんでいる人々を助ける活動を始めたいと思います。

永杉 レーさんの半生をうかがっていると、人との出会いに加えてご自身の大変な努力で道を切り拓いてきたことがわかります。それは今も続いていています。ただ、まずはご自身の健康が第一です。お身体をいたわりながら、息の長い活動を続けられることを願います。本日はお忙しい中ありがとうございました。今から美味しいミャンマー料理をいただきたいと思います(笑)

▲ 在日ミャンマー人らによる困窮者支援のためのクラウドファンディング企画会議
▲新型コロナ感染者のための在宅ケア看護も行う

永杉 豊 [Nagasugi Yutaka]

MJIホールディングス代表取締役
NPO法人ミャンマー国際支援機構代表理事

学生時代に起業、その後ロサンゼルス、上海、ヤンゴンに移住し現地法人を設立。2013年6月より日本及びミャンマーで情報誌「MYANMAR JAPON」を発行、ミャンマーニュースサイト「MYANMAR JAPONオンライン」とともに両メディアの統括編集長も務める。(一社)日本ミャンマー友好協会副会長、(公社)日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、UMFCCI(ミャンマー商工会議所連盟)、ヤンゴンロータリークラブに所属。近著に『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』(扶桑社)。

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