【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉がミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

社会医療法人社団三思会 野村直樹 理事長

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今回のテーマ ヤンゴンに日系診療所を立ち上げた医療法人

野村直樹 [Naoki Nomura]

社会医療法人社団三思会 理事長
1957年、大阪府生まれ。1985年 富山医科薬科大学(現・富山大学)医学部卒業後、同大学附属病院第二外科(消化器外科)入局。1996年より「東名厚木病院」で勤務。外来部門である「とうめい厚木クリニック」院長を経て、2017年から社会医療法人社団三思会 理事長、2021年より「東名厚木病院」院長。常に心がけていることは「患者さんの立場で考えること」。趣味は釣りや山歩き、サックス演奏。

現在もオンラインで在住邦人のサポートを継続
将来はミャンマーで完結する医療システムを構築したい

日本の医療機関として初めてMIC認可を取得して開院

永杉 今回は社会医療法人社団三思会の野村直樹理事長にお話をうかがいます。三思会は2019年、ヤンゴンに日本式のクリニックYangon Japan Medical Centre(以下、YJMC)を立ち上げたことで知られています。野村さんは立ち上げに深く関わったそうですね。

野村 当時の中佳一理事長(現会長)の、「アジアの医療に貢献したい」という意向を受け、私が責任者として進出先の選定からスタートしました。プロジェクトが始まったのは2011年のことで、ASEAN各国の視察を経てミャンマーに決定しました。

永杉 事業開始から開院に至るまで8年もの歳月を要し、大変なご苦労があったと聞きます。

野村 医療分野の進出には現地パートナーが必要となりますが、これが最初のハードルでした。試行錯誤を重ねて、ミャンマー人スタッフの紹介により現在のパートナーと2016年頃からようやく本格的に動き出すことができました。また、当会は日本の医療機関として初めてMIC(ミャンマー投資委員会)の認可を得たのですが、事業開始までには、ライセンス申請等、数々のチャレンジが続きました。

進出成功の最大要因は優秀なスタッフとの出会い

永杉 ミャンマーのMIC申請業務は、外国の企業や団体にとって大きな壁と言えます。これにより進出を断念した医療機関もあるほどです。三思会がこれをクリアできた要因はどこにあると考えますか。

野村 進出にあたって契約した現地の弁護士や医師をはじめ、多くのミャンマーの方々に的確なアドバイスをいただきました。さらに、当院のスタッフがその助言に従い迅速に動いてくれたおかげで、課題をクリアできたと考えています。ですから成功の要因は優秀なミャンマー人に出会えたことに尽きると思います。

永杉 それ以外にご苦労されたことはありますか。

野村 事業予定地の選定にも苦労しましたね。ミャンマーでの開院には周辺住民10人の同意が必要となります。現在の開設地に至るまで多くの時間を費やしました。また、医療分野では事業ライセンス以外に、外国人医師ライセンスの取得もあります。ミャンマーで外国人が免許を取得するためには、外国人とミャンマー人が一組となって申請をする必要があります。例えば、日本人の内視鏡専門医が申請する場合、ミャンマー人の内視鏡専門医に、いわば後見人のような役割を担ってもらう必要があるのです。該当する医師を探すにもミャンマーの方々のサポートがなければ難しかったでしょう。

永杉 こうしたハードルを乗り越え、2019年2月に井上聡院長のもと正式オープンを果たします。そしてそこから約1年で新型コロナウイルスの蔓延。さらに1年後には政変が発生。2021年の5月から一時休診を余儀なくされました。

野村 オープン後は、日本人の一般外来と人間ドックに加え、ミャンマー人技能実習生の健康診断も請け負っており、事業として手応えを感じていました。しかし、コロナと政変による日本人駐在員の帰国や、日本政府の技能実習生受け入れ停止などが続いたことにより、2021年5月より一時休診となりました。

永杉 ミャンマーの在留邦人を対象にしたオンラインの医療相談を始めました。この事業開始に至った経緯を教えてください。

野村 2021年7月頃、日本人会やJCCM商工会の医療セミナーへの協力などを通じて現地の逼迫した状況が伝わっておりました。新型コロナ第4波の発生により日本人の緊急搬送や死者も発生していたのです。そこで何か出来ないかと、海外向けのオンライン医療相談をしているMedifellow社と提携して本事業をスタートしました。2021年中は外務省の補助事業として、在留邦人とそのご家族は無料でご利用いただけるようになりました。日本国内の専門医ともつながれるオンライン医療相談は、2022年1月以降も続けていきたいと考えております。

早期再開を目指すが経済システムへの懸念も

永杉 2022年、YJMCの再開はお考えになっているのでしょうか。

野村 2022年早々のしかるべき時期に現地調査を予定しています。私個人としては、できるだけ早く再開を目指したいと考えています。しかし、スタッフを派遣する上で、新たな死者が発生し続けている状況では治安面の心配が拭えません。また、ミャンマーの経済システムも懸念材料として挙げられます。現実的な問題として、薬の購入も現金払いとなる中、現地銀行に当座預金があっても引き出せない状況が続いておりました。米ドルの手持ちがどれだけあるかが事業継続のカギとなる状況には、多くの日系企業も困っていらっしゃるのではないでしょうか。

永杉 ミャンマーでの事業展開における長期的なビジョンを聞かせてください。

野村 まずYJMCの再開が第一ですが、その後、安定した運営をしていけるようになったら、次は入院や手術設備も備えた病院を作りたいと考えています。現在のミャンマーでは大きな病気にかかった場合、自国では対処できず隣国への移送という形になってしまいます。これを解消し、ミャンマーで完結できる日本式の医療システムを構築したいというのが長期的なビジョンです。
 これを実現させるためには、国内の安定が不可欠です。我々はYJMCを通じて多くの素晴らしいミャンマー人と出会い、ともに仕事をしてきました。彼らが安心して自らの能力を発揮できるような国になってもらいたいと切に願っています。

永杉 私もミャンマーで事業を行う中で、真面目で優秀なミャンマー人に多く出会ってきました。彼らが自由な日々を送れるような国になり、また日本との交流が活発に行われるようになることを願っております。本日はお忙しい中ありがとうございました。

忙しい診察の合間に熱帯魚を鑑賞する野村直樹理事長

永杉 豊 [Nagasugi Yutaka]

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
MJIホールディングス代表取締役

学生時代に起業。その後ロサンゼルス、上海、ヤンゴンに移住し現地法人を設立。2013年からミャンマー在住。月刊日本語情報誌「MYANMAR JAPON」を発行、ニュースサイト「MYANMAR JAPONオンライン」を運営、各メディアの統括編集長も務める。(一社)日本ミャンマー友好協会副会長、(公社)日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、UMFCC(I ミャンマー商工会議所連盟)、ヤンゴンロータリークラブ所属。著書に『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』(扶桑社)など。