【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉がミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

ピエ・リヤン・アウン氏(サッカー・フットサル選手)

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今回のテーマ:抗議の声を上げたミャンマー代表サッカー選手

ピエ・リヤン・アウン [Pyae Lyan Aung]

サッカー・フットサル選手
1995年マンダレー生まれ。2012年にミャンマー・ナショナルリーグのヤダナボンFCに加入。ユース時代からミャンマー代表に選出され、2019年にはフル代表に名を連ねる。現在は日本フットサルリーグに加盟するY.S.C.C.横浜でプレーをする。ポジションはサッカーではゴールキーパー、フットサルではゴレイロ。

サッカーの道を絶たれても上げたかった抗議の声
ミャンマー国民の抵抗の意志は揺らいでいない

ミャンマーでは今も人々が戦い続けている

永杉 今回はサッカーのミャンマー代表として来日し、国軍への抗議行動をしたことで注目を集めたピエ・リヤン・アウン選手にお話をうかがいます。まずは、今年5月28日の日本戦で行った抗議行動について聞かせてください。

アウン 試合前の国歌斉唱で、国軍への抗議の意思を示すジェスチャーとして三本指を掲げました。その時は帰国するつもりでいましたが、当時CDM(市民不服従運動)に参加した本人や家族が拘束され、翌朝に遺体で帰ってくるというできごとが各地で起こっていたこともあり、家族とも相談の上で帰国を断念しました。

永杉 その後、空港で帰国を拒否して難民認定を申請。8月に正式に認められました。スタジアムで抗議の意思を示すことは大変に勇気のいることだった思います。その行動を称賛し、民主化のヒーローとして扱うような声もあります。これについてはどうお考えですか。

アウン そういう声があることは承知しています。しかし、私は単に抗議の意思を示しただけに過ぎません。ミャンマーでは今も多くの人が武器をとってジャングルに入り、国軍に抵抗しています。医者やエンジニアなど社会的地位が高い人も多く、彼らは安定した暮らしをなげうち、命の危険も顧みずに戦っているのです。それこそが英雄的行動です。私のやったことなど英雄の名に値しません。

フットサル選手として契約
チームのサポートに感謝

永杉 現在はY.S.C.C.横浜でフットサル選手としてプレーをしています。難民認定から選手契約に至るまでの経緯を教えてください。

アウン
 日本に残ることを決めたときはサッカーを続けられないと思っていましたが、Y.S.C.C.の理事長からお誘いを受け、9月からフットサルチームに加入することができました。サッカーとフットサルは勝手が違うので最初は戸惑ったのですが、監督やチームメイトが暖かく接してくれたことが大きな力になりました。彼らのサポートがあって、自分もフットサルで頑張ってみようという気持ちに変化したのです。

永杉
 良いチームに巡り会えたことはとてもラッキーなことですね。慣れない外国生活だと思いますが、習慣の違いなどで困ることはありませんか。

アウン
 サッカーの現場だけでも文化の違いは感じます。例えば、ミャンマー人は着替えの際、ロンジーやタオルを巻いて、できるだけ周囲に見えないようにする文化があります。でも、日本の場合は同性同士ならば周りの目は気にせずに着替えますよね。最初はそれに驚きました。
 また、監督との距離感も異なります。ミャンマーでは目上の人に対しての態度が重視される国です。監督と話すときには姿勢を正し、前を通るときには頭を下げて視界を遮らないようにする必要があります。日本ではそこまでしませんよね。
 こうした違いはどちらが良い悪いではなく、単に日本のほうがオープンな雰囲気なのだと考えています。

永杉
 ミャンマー人と仕事をしていると、目上の人や教師への礼節を重んじる気持ちが強く、素直に従ってくれる印象があります。それは素晴らしいことなのですが、国軍はそのような国民性をうまく利用しているのではないかとも考えられます。つまり、上官に逆らえない末端の兵士を、軍の権力者がいいように使っているのではないでしょうか。

アウン
 軍は上官の命令には絶対に従うという風潮が強いようなので、抵抗できなかった兵士があのような暴挙に出た可能性はあります。しかし、末端の兵士たちも軍の命令のおかしさに気づいているようです。規律は乱れる一方で、逃亡兵が続出しています。ミャンマー人もいたずらに目上の人に対して服従し続けるわけではありません。上の人間が尊敬される人間であるか否かが前提なのです。

政治的働きかけの難しさ
大切なのは国民の抵抗

永杉
 来年1月に、「ミャンマー国際支援機構」というNPO法人を設立する予定です。在日ミャンマー人や日本人ボランティア、そして政党を超えた衆参両国会議員の方にも理事に名前を連ねていただき、困窮するミャンマーの市民への食糧や医療などの援助活動や民主派勢力への支援を行う予定です。
 国際社会でも国軍に対する目は厳しくなっています。アメリカやEU諸国はもとより、ASEANも会議の場から国軍を排除するというニュースも伝えられています。こうした諸外国の動きをどう見ていますか。

アウン
 まず、ミャンマー支援のためのNPO法人の立ち上げに心より感謝し、歓迎したいと思います。国民への援助は必要ですし、民主派勢力への支援も大きな力になります。
 一方で、政治対応は非常に難しい局面にきていると思っています。ASEANの国軍排除や、アメリカ・EUの圧力を受けても、国軍が変わるとは思えないのです。外国の言うことを一切聞かないのは、昔から変わらない国軍の特性であると思っています。これに対抗するには、当事者であるミャンマー国民一人ひとりが、軍に抵抗する強い意思を示し続けるしかありません。

永杉
 もし、今すぐにミャンマーに戻れたら何がしたいですか。以前のチームに戻りたいと思うことはありますか。

アウン
 ミャンマーのサッカー協会の上層部は、私が抗議行動を取ったことを快く思っていません。ですから、仮に今すぐ国軍の支配が終わって帰国できても、サッカー界に戻ることは難しいでしょう。あの抗議行動をした際も今後サッカーを続けることはできないだろうと思っていました。しかし、それでも私は抗議の声を上げたかったのです。

永杉
 サッカー人生が終わると分かっていながら抗議の意思を示したことを、私たちはもっと重く受け止める必要があると思います。現在Y.S.C.C.にお世話になり、さらに祖国の困窮者を支援するために毎日アルバイトをしながらそのほとんどの収入を寄付し、まとまった休日もないと聞きます。一日も早くミャンマーに真の民主化が訪れることを心より願っています。本日はお忙しい中ありがとうございました。

永杉 豊 [Nagasugi Yutaka]

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
MJIホールディングス代表取締役

学生時代に起業。その後ロサンゼルス、上海、ヤンゴンに移住し現地法人を設立。2013年からミャンマー在住。月刊日本語情報誌「MYANMAR JAPON」を発行、ニュースサイト「MYANMAR JAPONオンライン」を運営、各メディアの統括編集長も務める。(一社)日本ミャンマー友好協会副会長、(公社)日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、UMFCCI(ミャンマー商工会議所連盟)、ヤンゴンロータリークラブ所属。著書に『ミャンマー危機 選択を迫られる日本』(扶桑社)など。