【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉がミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

樋口建史 前在ミャンマー日本国特命全権大使

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短中期的には国軍による支配が継続か
日本はASEANとの連携やODAの見直しを

今回のテーマ 2015年のミャンマー総選挙も見届けたミャンマー大使

樋口建史 [Mr.Higuchi Tateshi]

前 在ミャンマー日本国特命全権大使
1953年、愛媛県松山市生まれ。東京大学法学部卒業。1978年、警察庁に入庁。警察庁では薬物対策課長、刑事企画課長、生活安全局長を、警視庁では公安部外事第一課長、公安総務課長、副総監などを歴任。2011年、第89代警視総監に就任。2013年退官。2014年4月から2018年3月まで在ミャンマー日本国特命全権大使。現在は内閣府カジノ管理委員会委員などを務める。


国軍の危機感がクーデターへ
内戦の可能性は高くない

永杉 今回は、2014年から18年まで在ミャンマー日本国特命全権大使を務められた樋口建史さんにお話をうかがいます。樋口さんは2015年の総選挙にも立ち合われ、ミャンマーの民主化プロセスを間近でご覧になってきました。また、2016年7月号MYANMAR JAPON誌でもインタビューさせていただいております。今回、その民主化とは逆行する事態になったわけですが、国軍はどのような思惑でクーデターに踏み切ったとお考えですか。

樋口 国軍の政治的立場が揺らぐことへの危機感が、クーデターに向かわせたのだと思います。ミャンマーの現行法である2008年憲法には、国軍が国家運営の権限を維持できる仕組みが組み込まれていました。例えば、上下両院ともに全議員のうち25%を軍人枠として確保することや、副大統領の一人は軍から選出すること、国防治安評議会は軍人が過半を占めることなどが憲法で定められています。改憲には全議員のうち75%を超える賛成が必要ですから、軍人議員が離反しない限り、この統治体制は変えられないようになっています。そのため国軍は民政移管後も国家運営に係る権限を維持できるものと考えていたはずです。ところが政権を交代してみると思い通りにはいかなかった。早々に事実上、アウン・サン・スー・チー氏を元首にする国家顧問設置法が制定され、国軍の影響力が強い国防治安評議会が新政権下では開かれなくなったほか、2019年にはNLDが憲法改正案を検討する委員会の設置を求める緊急動議を提出するなど、軍の政治的立場が脅かされる出来事が続いたことが、クーデターにつながったものと考えます。

永杉 クーデターから4ヵ月が過ぎ、大規模なデモは減っているようです。しかし、民主派は国民統一政府(NUG)を樹立し、国軍に対抗する動きを強めています。今後、NUGと少数民族武装勢力が手を組み、内戦に発展するのではないかという見方もあります。

樋口 双方とも国軍と対峙する組織ですから、一部の武装勢力がNUGの考えに共鳴したり、軍事面でも一部協力をしたりすることはあるかもしれません。しかし、全面的な内戦に発展することはないと思います。
 そもそも、少数民族武装勢力は、彼らのテリトリーにおける広範な自治を求めている集団です。ビルマ族を中心に起こった今回の出来事に対し、武装勢力が自らの土地を離れて中央に打って出て、国軍と一戦交えようというような動きをとるとは考えにくい。

思惑が交錯するASEAN
日本は支援構造の見直しを

永杉 国連安保理が有効な手段を講じられないなか、ASEANに期待が懸かっています。4月にはミン・アウン・フライン国軍総司令官も出席してASEANリーダーズミーティングが開かれ、暴力の即時停止などの「5つのコンセンサス」が発表されました。しかし、その後も市民の殺戮は続いており、特使の受け入れなども進んでいません。さらに、ASEANはミャンマーへの武器禁輸措置に対して反対姿勢を取ったことも報道されています。今回の問題におけるASEANの役割についてどのようにお考えですか。

樋口 今後、鍵になるのはASEANです。国軍の立場にたてば、現在は中国・ロシア・インドなどクーデターを容認している国は限られていますから、なんとしてもASEANの理解を得たいと思っているはず。一方、中国もこれだけ国際社会の目が厳しい状況で、単独で国軍との結びつきを強めるわけにはいかず、ASEANを容認派に引き込みたい。また、日本や欧米諸国はまったく逆の立場でASEANと連携したい。このように各国の思惑が交錯するなかで、特使受け入れが遅れたり、武器禁輸に及び腰になったりすることが起こっていると思います。日本としては、自らの原則的立場を明確にしつつ、ASEANの後押しを続けていくべきでしょう。
永杉 欧米諸国は国軍への経済制裁を強めています。そのようななか、日本もODAの見直しが議論されています。

樋口 日本はこれまで、ミャンマーへのODAや防衛交流などを積極的に進めてきました。こうした支援は民主化プロセスとセットになって行われていたものです。しかし、軍事クーデターによって民主化にストップがかかってしまった今、支援のあり方を抜本的に見直す局面にあるのではないでしょうか。つまり、日本が官民を挙げて全面的に支援するとしてきたミャンマーの新たな国づくりの前提条件が崩れてしまった。
 ODA停止などに言及すると、国民を困らせることになるとか、国軍に対するグリップが効かなくなるのではないかと懸念する声もあります。しかし、日本として受け入れられないことは何なのかを明確に示しておく必要があります。すなわち、市民への弾圧とスー・チー氏らの不当な拘束です。これらの問題の解消が前提なのだという姿勢を相手に示しておくことは、日本外交において極めて重要であり、基本軸だと認識しています。

国民が経験した「寛容な社会」
民主主義は逆行しない

永杉 私の知人の中には民主派のNUGを支持し、反国軍のPDF(人民防衛隊)に参加するための軍事訓練を受けている者もいます。ミャンマーは再び民主化を勝ち取ることができるでしょうか。

樋口 国軍による国家運営が完全に破綻しない限り、本当の意味での民主化はできないのではないかと思います。しかし、仮に欧米諸国が、経済制裁のレベルを引き上げたとしても短期間で国軍を破綻させることは困難です。早期に民主制に復帰できるとは思えません。
 一方で、長期的に国軍の支配が続くことはないと思います。この10年、ミャンマー国民は「寛容な社会」を経験しました。何をされようと、一度それを知った人々が寛容ではない政権を受け入れることはないと思います。そういう意味で民主主義は逆行しないと思います。今後、自らの命を投げうつような形の抵抗は目立たなくなり、表面上は日常生活が戻ったかのようになると思われます。しかし、人々の心の奥底には国軍への強い不信が根付いています。国民の心がそうである限り、国軍の支配が永続するとは思えません。

永杉 国軍による国家運営の破綻が本当の民主化につながるというお考えに私も共感します。ミャンマー国民の不信の目に加え、日本を含む国際社会も国軍に対して厳しい目を向け続けることが大切だと思います。
 本日はお忙しい中ありがとうございました。

永杉 豊 [Nagasugi Yutaka]

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
MJIホールディングス代表取締役

学生時代に起業。その後米国永住権取得。ロサンゼルス、上海、ヤンゴンに移住し現地法人を設立。2013年からミャンマー在住。月刊日本語情報誌「MYANMAR JAPON」、英語・緬語情報誌「MJ + PLUS」を発行、ニュースサイト「MYANMAR JAPONオンライン」を運営、3メディアの統括編集長も務める。日本ブランドの展示・販売プロジェクト「The JAPAN BRAND」、TVショッピング「TVSHOP」を企画運営。(一社)日本ミャンマー友好協会副会長、(公社)日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、UMFCCI(ミャンマー商工会議所連盟)、ヤンゴンロータリークラブ所属。東京ニュービジネス協議会2017年国際アントレプレナー賞特別賞受賞。