【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉がミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<第76回>PINLON HOSPITAL カウン・ミャットCEO

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高度ながん治療や臓器移植にも対応
父が遺した病院を世界に誇れるものに

今回のテーマ  トップクラスの規模と設備を誇る医療法人

カウン・ミャット氏 [U Kaung Myat]

PINLON HOSPITAL CEO
1989年生まれ。シンガポールとアメリカで学び、ニューヨーク大学で学士を取得(Bachelor of Arts (BA)in Economics & Psychology)。アメリカン大学で修士を取得する(Master of Science (MSc) in Finance)。卒業後はアメリカとシンガポールの病院でインターンを経験した後、ミャンマーに帰国。2016年より現職。

両親が設立した医療法人
父の急逝で要職に就任

永杉 本日は、ヤンゴン北部にあるピンロン病院のCEO、カウン・ミャットさんにお話をうかがいます。同院はミャンマー屈指の医療法人PINLON GROUP OF HOSPITALSを構成する病院の一つ。まずはグループの概要を教えてください。

カウン 1997年に両親が設立しました。父母ともに医師の免許を有しているのですが、父はもともと建設関連のUniversal Construction社を経営し、Tatkatho Yeikmonをはじめとするコンドミニアムなどを建設していました。その後、勤務医であった母の希望で医療分野の法人を立ち上げ、当初は50床ほどの規模の病院経営からスタート。現在ではヤンゴンのピンロン病院とSSC病院、ネピドーにあるオッタラティリ病院などを運営しています。

永杉 カウンさんは大変若々しくお見受けしますが、現在何歳なのでしょうか。

カウン 9月11日に30歳になったばかりです。

永杉 それは素晴らしい、若き経営者ですね。ミャンマーのCEOの中でも特に若い世代に入るのではないでしょうか。

カウン はい。ただ、この年齢でCEOになったのは、父が早くに亡くなったという事情があります。私はシンガポールとアメリカに住んでいたのですが、父の仕事を継ぐためにミャンマーに急きょ帰国したのです。当初はピンロン病院の経営を人に任せることも考えましたが、私がCEOを務めることが適切だろうという結論に至りました。この仕事に就いてから、そろそろ3年半になります。

永杉 そうですか。お父上が急逝され、これだけの規模の病院を運営するためには大変なご苦労をされたのではないでしょうか。

カウン そうですね。しかし、母のサポートもあり、経営はうまくいっています。母であるDaw Htay Htay KyiはSSC病院のマネージングダイレクターを務めているほか、ミャンマー民間病院協会(MPHA)の副会長、そして我々のグループの会長を務めるなど、今でも現役で頑張ってくれています。

豊富な海外経験を生かし高品質な医療サービスを

永杉 カウンさんがCEOを務めるピンロン病院について、規模やスタッフ数、設備などについて教えていただけますか。

カウン ピンロン病院は父が2007年に設立しました。ベッド数はおよそ200。常勤・非常勤の医師や看護師などすべてを合わせると、560名ほどのスタッフが従事しています。
 設備に関しては、世界的にみてもハイレベルであると自負しています。まず挙げられるのが、がんに関すること。我々は専門施設のPinlon Cancer Centreを有しており、シンガポールやアメリカのがんセンターととも戦略的に協力し、最先端の検査と治療を施せるように日々研鑽しています。また、Pinlon Heart CentreとPinlon Gl & Liver Centreも併設しており、高度な心臓外科手術や臓器移植手術に対応していることも強みです。

永杉 ピンロン病院のCEOとして、この3年半でどのような業務改革を行ってきましたか。また、将来のビジョンをお話しください。

カウン 業務改革は多岐にわたって行いました。患者さんのカルテ管理を始めとしたワークフローの見直し、ウェブサイトやSNSでの情報発信強化、インテリアやファシリティの全面的な見直しなどが挙げられます。
 私のビジョンは、父が設立した病院を国際的な病院として成長させるというものです。私は海外生活が長くシンガポールで10年、アメリカで7年、主に経済や経営などを学び、その後ピッツバーグのUniversity of Pittsburgh Medical Centre(UPMC)とシンガポールのGleneagles Hospitalでインターンをして、世界の医療現場の経営を目の当たりにしてきました。こうした貴重な経験を生かし、父が遺した病院を世界に誇れるものにしたいと考えています。

永杉 ところで病院の経営には、最新設備の導入などで多くの投資を要します。経営面は順調でしょうか。

カウン 病院が赤字では質の高いサービスを維持できません。幸いなことに現在、経営は順調に推移しています。しかし、当院としては利益を留保するよりも積極的に投資をし、サービスをアップデートしていきたいと考えています。2016年からリノベーションを開始しており、現在は全3フェーズのうち2フェーズ目が進行中です。今後もよりよいサービスを追求していきたいと考えています。

ミャンマー人労働者にもっと日本を見てほしい

永杉 最後に日本とミャンマー両国の関係についてお聞かせください。歴史的に深いつながりを持つ両国は、今後どのようになっていくとお考えですか。

カウン 日本はミャンマーのため、各方面で協力をしてきました。そしてミャンマー人は日本から多くのことを学んでいます。以前、当グループ系列のSSC病院で日本製の医療情報システムを導入した際、社員数名が日本で研修を行いました。帰国後、彼らから話を聞くと、日本人の仕事の考え方や進め方、日本の発展を目の当たりにして刺激を受け、世界が広く見えるようになったと言っていました。このようにミャンマーの労働者が日本で学べる機会がもっと増えればいいと感じています。そして、その先に両国が発展のために協力し合えるようになるといいですね。

永杉 私たちミャンマーに住む日本人としては、最新設備が整い、高水準の医療サービスが受けられる病院が一つでも増えてほしいというのは切実な願いです。今後、益々のご活躍とグループの発展を期待します。本日はお忙しい中ありがとうございました。

永杉 豊[NAGASUGI YUTAKA]

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
ミャンマー・日本・バンコクで発行するビジネス情報誌「MJ Business」、英語・緬語ビジネス情報誌「MJ + plus」の発行人。ミャンマーの政財界や日本政府要人に豊富な人脈を持ち、ビジネス支援や投資アドバイスも務める。日本ブランドの展示・販売プロジェクト「The JAPAN BRAND」主宰者。一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、ヤンゴン和僑会会長、UMFCCI(ミャンマー商工会議所連盟)、ヤンゴンロータリークラブ所属。