【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉がミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<第67回>ZMH Group of Companies マネージングダイレクター バニャーゾー氏

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今回のテーマ  多岐にわたる日本製品を扱う総合商社

ウー・バニャーゾー氏 [U Banya Zaw]

ZMH Group of Companies マネージングダイレクター
1969年シャン州タウンジー生まれ。ダゴン大学卒(物理学)。1997年にミャンマーでZMH Universal Trading 社設立。同年、日本で三五九グループ国際ジャパン株式会社を設立。他にも多数の企業経営に携わり、ZMH Group of Companiesではマネージングダイレクターを務める。社会貢献活動にも積極的で、災害支援のほか近年ではラカイン州復興支援(UEHRD)に関する活動も行っている。

ミャンマーに安心・安全な製品を届けたい
日本とは今後ソフト面でも協力を

バイクの輸入販売から開始
飲料や生活雑貨も手がける

永杉 本日は貿易事業など幅広く展開するZMH Group of Companiesのバニャーゾーさんにお話をうかがいます。最初に、会社設立からの歴史と事業内容をお聞かせください。

バニャー 1997年にZMH Universal Trading社を設立しました。当初はHonda製を始めとした新品バイクの輸入販売が事業の柱。当時スーパーカブが大人気で、毎月600~700台が売れて大変好調でした。しかし、99年に政府の方針でヤンゴン市内へのバイクの乗り入れが禁止になり、このビジネスは続けられなくなりました。
 すでに当時から中古車や、澤藤電機の発電機なども取り扱っていたため、その後はバイク以外の製品に軸足をシフト。99年には重機類、2001年からは中古バスやトラック、10年からは和光堂の粉ミルクや大王製紙の紙おむつなどの取扱いを始めています(和光堂、大王製紙とも現在は取り扱いなし)。14年には薬や生活雑貨の輸入を開始するとともに、伊藤園製品の輸入もスタート。ほかにも、16年からはプラチナの万年筆やボールペンなども輸入するようになりました。

永杉 多岐にわたる製品を扱っていますね。事業形態は総合商社ということになるのでしょうか。

バニャー そうですね。日本にも三五九グループ国際ジャパン株式会社という会社がありまして、連携しながらさまざまな日本製品をミャンマーに紹介しています。
 一方、ミャンマー国内には建築会社も設立し、ミャワディとその近郊で3軒のホテルを運営するなど、貿易以外の事業も行っています。

永杉 近年新しくスタートした事業はありますか。

バニャー 今、力を入れているのはカレン州におけるケーブルカー事業です。当地には「ズゥエカビン」と言われるカレン民族の聖地があり、山頂にはブッダの髪の毛が収められたパゴダがあります。大変素晴らしい場所ですが、現時点では山頂まで3400段ほどの階段を徒歩で2時間かけて登らなければいけません。当社はここに50人乗りのケーブルカーを開通させる事業を2017年5月から開始しました。来年11月頃の完成後は、山頂まで約4分で到着。地元の人々の利便性だけでなく、カレン州の州都パアンの観光面でもメリットが生まれると思われます。

日本の中小企業を応援したい
ミャンマーは教育改革が急務

永杉 事業は順風満帆のようですが、会社の長期的ビジョンを教えてください。

バニャー 日本の中小企業は高い技術を有しています。こうした企業にミャンマーでビジネスを成長させていただくとともに、我々もその技術を学ぶというWin-Winの関係を構築したいと思います。実はすでにワンストップセンターやコンベンションホール、アンテナショップなどを備えた、日系中小企業のミャンマー進出をお手伝いする施設をヤンゴン市内に作るプロジェクトが進行中。政府競売により用地を取得し、事業開始許可を待っている状況です。

永杉 御社のように幅広い事業を行ううえで必要なのが人材です。しかし、現在のミャンマーにはミドルマネジメント層やスペシャリストが不足しているという問題が取り沙汰されています。これについてはいかがお考えですか。

バニャー ミャンマーにおける人材不足の問題は教育問題に集約されると考えています。この国では古くから暗記および詰め込み型の教育がよしとされてきました。そうではなく、自分で考える力を育てる必要があると思います。
 また、ミャンマーの高等教育が英語で行われていることも、専門的な人材が育ちにくい土壌を作っているのではないかと考えています。もちろん英語力を身につけることは大切。しかし、高等教育の大半は学生がきちんと理解できる、母語であるビルマ語で行うべきだと考えています。
  さらに、学校教育の中でチームワークを育む機会が少ないことも問題です。人と人とが協力して問題に対処していくことを、今のミャンマーの学校ではもっと教える必要があるといえるでしょう。

安心・安全といえば日本ブランド
意思決定はスピードを求める

永杉 日本企業についてお聞きします。長年、日系企業や製品と関わってこられた印象を教えてください。

バニャー 我々は「お客様に安心・安全な製品を使ってほしい」という思いがあります。世界からその製品を探すと、日本ブランドに行き着くのです。以前バイクを販売していた頃、中国から安いバイクが入ってきました。日本製の5分の1くらいの価格ですが、安全は担保できません。我々は自信を持って日本製バイクを販売していました。のちに粉ミルクの扱いを始めたのは、中国の粉ミルクにメラミン混入事件があったのと時期が近いです。日本製なら、異物混入は通常ありませんから。日本ブランドといえば、まず思い浮かぶのは「安心と安全」ですからね。
 日系企業については、しっかりとしている反面、決断が遅いという側面があることは事実です。個人に決定権がないことはわかりますが、迅速な動きが行われればもっとビジネスが拡大するだろうという思いは常に抱いています。

永杉 最後に日本とミャンマー両国の今後の関係について、どのように発展していくとお考えですか。

バニャー 日本とミャンマーは古くからお互いを助けあう関係が続いています。その関係性が今後もさらに深くなればいいと思います。現在、日本はインフラ面などのハード面でミャンマーの発展に大きな貢献をしてくれています。一方で、日本人の心もミャンマーに伝えてほしいと思います。私は、日本人の教育や仕事に対する考え方が、この国の発展につながるものと確信しています。

永杉 日本にそこまで期待していただけるのは大変うれしい話です。心の部分も含めたソフト面でも両国が学びあい、より強固な絆が生まれることを私も願っております。本日はご多忙の中ありがとうございました。

永杉 豊[NAGASUGI YUTAKA]

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
ミャンマー・日本・バンコクで発行するビジネス情報誌「MJ Business」、英語・緬語ビジネス情報誌「MJ + plus」の発行人。ミャンマーの政財界や日本政府要人に豊富な人脈を持ち、ビジネス支援や投資アドバイスも務める。日本ブランドの展示・販売プロジェクト「The JAPAN BRAND」主宰者。一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、ヤンゴン和僑会会長、UMFCCI(ミャンマー商工会議所連盟)、ヤンゴンロータリークラブ所属。