【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉が日本・ミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<2018年12月号>A1 Group of Companies ヤン・ウィン会長

今回のテーマ  日本と深い関係を築く財閥企業

ヤン・ウィン氏 [U Yan Win]

A1 Group of Companies 会長
1951年、エーヤワディ管区生まれ。73年にGovernment Technical Institute卒業後、ミャンマー建設省に入省。90年にA1 Construction社を設立。多くの日系企業とともにミャンマーにおける大規模プロジェクトを手がけている。ホテル事業や衣料品業、通信業などを行うA1 Group of Companiesの会長でもある。

利益至上主義には走らない
高い品質を追い求めることが大切

外資の増加を見据えて起業
通貨危機を機に多角化に着手

永杉 本日はA1 Group of Companiesのヤン・ウィン会長にお話をうかがいます。早速ですが、会社設立の経緯を教えてください。

ヤン 1988年を境に外国企業による投資が増加しました。その頃、私はミャンマー建設省でエンジニアとして働いていましたが、当時は高い品質を提供できる民間の建設会社はほとんどありませんでした。外資の高い要求に応えられる建設会社を作るべく建設省を退職し、90年にA1 Constructionを設立したのです。
 その後、97年に起きたアジア通貨危機のあおりを受け、外国からの投資がストップ。建設業界は壊滅的な被害を受けます。その経験から多角経営の必要性を実感し、現在は建設以外にもホテル、通信、鉱山、不動産など事業領域を広げ、A1 Group of Companiesとして展開しています。

永杉 企業家のほかに、政治家としての活動やさまざまな社会活動にも積極的に参加されていると聞いています。

ヤン  2010年にエーヤワディ管区地方選挙に立候補し、同管区マウビンの地方議員を2015年まで務めました。その他の活動としては、過去にMyanmar TraditionalBoxing ClubやMyanmar Football Clubの会長職をしていたこともあります。最近では、Myanmar Tourism Federationの会長として、日本人と韓国人の観光ビザ免除に向けた活動も行いました。

外資との協業事業は堅調
海外経験の豊富な人材が必要

永杉 ミャンマー建設業界の現況はいかがでしょうか。

ヤン 国内には多くの建設企業が林立しています。しかし、残念ながら高い品質を提供できる企業は多くありません。例えば、国内団体のMyanmar Engineering Council(MEC)が定めた基準で最高ランクのグレードAに認定され、さらにISOも取得しているような企業は、当社を含めても10社に満たないと思います。
 建築業界の景気については、国内資本のみを相手にしている企業は立ち行かなくなっています。一方、当社のように外資と組んでいる企業はどこも好調であると聞いています。

永杉  ミャンマーではスペシャリストや中間管理者層の人材不足が顕在化しています。雇用に関する問題は起きていますか。

ヤン 当社の場合、日本や韓国、シンガポールの企業などと協業するプロジェクトが大半なので、トップマネジメント層やエンジニアも海外経験を有していることが理想です。そのため、当社では10年以上、海外で働いた経験がある人材を積極的に採用するようにしています。また、日系の建設関連企業で30年以上の経験を有する日本人をSenior Project Directorとして迎え、当社の業務全般に関するコンサルタントをお願いしています。

永杉 それだけ優秀な人材を揃えると人件費も大きくかさむのではないでしょうか。

ヤン もちろんです。しかし、それにより高品質なサービスを生み出せる企業になれば、高いレベルを求めるクライアントから適正な金額で受注できます。ですから高額な投資とは思っていません。企業として利益至上主義に走るのではなく、エンジニアが誇りを持ち、クライアントにも喜んでもらえる高い品質を提供し続けることが大切だと考えています。

日系企業との協業は多数
ノウハウを吸収し成長

永杉 日本との関係についてお聞きします。ODA案件やそれ以外でも、さまざまな日系企業と協業されていると聞いています。差し支えなければ、具体的な実績を教えていただけますか。

ヤン 最近では、佐藤工業とマグウェイの病院建築プロジェクトで提携をしました。他にもJICAと提携し、ヤンゴン環状線の改修事業の一部を担当することになっています。これまでの実績を挙げればキリがありません。熊谷組とタウングーにあるTraining Teaching College、鴻池組とはサクラタワー、サクラレジデンス、ティリピセヤリゾートに加え、ティラワ経済特区の工場を建設。フジタとは軍事博物館、三井住友建設とはセドナホテル、鹿島建設とは日本国大使公邸などを建築しました。ほかにも竹中工務店、大林組、安藤・間、大成建設、五洲薬品などとも提携の実績があります。特に92年から97年頃は、大半の案件が日系企業関連でした。

永杉 多くの日系企業と協業してみて、どのような印象を持たれましたか。

ヤン 大変勉強になりました。日本人はなにかを行うとき、納期や品質に明確なターゲットを設けます。我々はこれをしっかりと吸収して、対応や改善を続けてきました。それが一定以上の成果が出ているからこそ、今でも多くの日系企業と提携できているのだと自負しています。

永杉 それでは最後に日緬関係についてお聞きします。今後、両国の関係はどのようになっていくとお考えですか。

ヤン 元々良好だった日本とミャンマーの関係がより強固になったのは、第二次世界大戦後だと考えています。戦後の困難な時代を、両国はお互いをサポートしながら乗り越えていきました。それは今に至る交流の礎になっていると思います。日本人の観光ビザも免除され、両国の人々がより深く交流するようになっていくでしょう。

永杉 敗戦国となり深刻な食糧不足に見舞われた日本に、ミャンマーは米の輸出を通して日本の窮地を救ってくれた歴史があります。それを忘れていない日本人の企業家や政治家がミャンマーに恩返しをしたいと考え、さまざまな援助を続けているというエピソードもあります。こうした良好な関係が今後も長く続いていくことを私も願っております。本日はご多忙の中、誠にありがとうございました。

永杉 豊[NAGASUGI YUTAKA]

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
ミャンマー・日本・バンコクで発行するビジネス情報誌「MJ Business」、英語・緬語ビジネス情報誌「MJ + plus」の発行人。ミャンマーの政財界や日本政府要人に豊富な人脈を持ち、ビジネス支援や投資アドバイスも務める。日本ブランドの展示・販売プロジェクト「The JAPAN BRAND」主宰者。一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、ヤンゴン和僑会会長、UMFCCI(ミャンマー商工会議所連盟)、ヤンゴンロータリークラブ所属。