日本在住17年目のミャンマー人が見たクーデター

国軍の内なる犠牲

国軍は部外者と取引をしません。軍に必要な物品の調達や建物の建設などは、すべて軍関係者にしか発注しません。

米などの場合、軍出身者かその家族が落札し、買い付けて納入します。建設などの場合は、国軍関係者が請け負って外部の業者を使います。武器などの高額な取引は、上層部の関係者だけの特権になります。

5月22日、ミャンマー南部の最大都市ダウェイ市第3高等学校の教師(生物学)が自殺しました。教師は、軍基地内の井戸で死亡しました。教師の夫は陸軍建設部隊の曹長で、彼女が自殺を試みたのは3回目でした。

建設部隊は、国軍に必要な設備の建築を行います。実際には外部業者に依頼することも多いです。前述の通り、外部への依頼は仲介役が必要なので、その役割を曹長が担っていました。所属基地と地域の建設の案件は、曹長の「商流」で請け負っていました。

軍人ならではのビジネス
表向きにはこの行為は禁止されていますが、基地を管轄する将校との関係性で黙認されてることがあります。建築費や材料費などは、請負う側が一度建て替え、完成後に基地管理者に承認されるてから費用が国軍から全額支払われます。国軍内部だけの取引で競争相手も少ないため、利益率を高く見積もることが可能です。一方で、完成しても基地管理者に承認されなければ支払われないという重大なリスクも伴います。

基地管理将校との関係性が生死を左右するハイリスク・ハイリターンのビジネスモデルになります。教師夫婦は歴代の基地管理将校とうまく付き合ってこのビジネスを続けてきました。おかげで財を築くことができ、ダウェイ市内の一等地に庭付き2階建ての住宅を建てるまでになりました。

予測不能なリスク
ある日、教師夫婦に嵐が舞い込みました。基地管理将校が交代してしまったのです。それは、大規模建築案件が納品される直前の出来事でした。

後任の基地管理将校は、案件を承認しませんでした。管轄を外れた前任の将校もどうにもできません。困ったことに、大規模建設のため資材は借金で調達していたのです。借金返済のため、金品を全部売っても足りず、とうとうダウェイ市内に新築した住宅も、足を一方も踏み入れることなく手放すことになってしまいました。

それ以来、夫の曹長は酒を飲む量が増える一方、夫婦の仲は悪くなって行きました。教師の妻は、お金を稼ぐためにギャンブルに手を出してしまいます。違法の宝くじ(日本でいうナンバーズのようなもの)に残りの資金を全て投入してしまったのです。

借金に耐えられず、教師は自殺を試みます。1回目は睡眠剤を大量に飲み、2回目は川へ飛び込みました。そして、3回目の基地内の井戸で命を落としました。夫婦には、中学2年生の娘が一人います。教師は、貧困家庭の学生のために無料の塾を開講するなど、地域では評判は良かっただけに残念でなりません。

幻の予算
2019年度の国軍の予算は、ミャンマーのGDPの2.7%にあたる22億米ドル(およそ2,420億円)になります。科目など予算の詳細は公開されていません。第三者機関に調査されるのを拒否できると2008年憲法で定めているのです。予算を計上した記録以外は何も残らない、まさに幻の予算なのです。予算の大半が上層部により横領されていることは有名です。

国軍上層部の腐敗が深刻なだけに、下級兵士の腐敗も阻止できず負のスパイラルが起きていたのです。教師は、その体制の餌食になったのです。国軍へ入隊し、コネを作ってビジネスにつなげる目的で入隊する人は少なくないのです。

下級兵士と公務員の稼ぎ方
生活が苦しい下級兵士や公務員は、様々な形で資金の獲得を試みます。国境に近いブラックな地域では、麻薬や宝石、木材の密売やカジノの警備、はたまた人身売買に加担することも珍しくありません。海軍や空軍では、燃料を横領して横流ししたり、刑務所では設備費用の請求を水増しするのが当たり前になっています。

軍事関係以外では、税務署の腐敗が一番深刻です。入国管理局や移民署では、追加手数料を支払わないと手続きに膨大な時間がかかります。また、不法移民から金銭を受け取って入国させることもあります。

警察は、地元のギャングと組んで賭博場や小規模の麻薬業者から上納金や賄賂を受け取り、黙認します。交通事故が起きた場合は、当事者間で和解が成立したとしても、警察に賄賂を支払わないと手続きが終了できません。

これらは、表面化したうちの極めて僅かな情報に過ぎません。現在は、警察と国軍兵士が公に殺人と略奪を行っています。

国民のためはもちろん、国軍関係者のためにも国軍の解体が必要不可欠なのは間違いありません。

(続く)

テウインアウン
日本在住17年目のWebエンジニア
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