タックスクリアランスとタックスオーディット
 前回のコラムで、ミャンマーの税務会計において2023年は、税務調査が多い年だったと紹介しました。この傾向は、2022年からスタートしていて、弊事務所のクライアントも4割近くが受けています。これは、2019年からの税制改革の流れを受けたものです。2019年は、ミャンマーの税制においてエポックメイキングな年で、この年は、国税徴収法に該当するTax Administration Lawが定められ、記帳の義務、帳簿の保存の義務から、各手続きの期限や罰則などが細かく規定されました。この年から、徴税制度の基幹的な仕組み作りと将来的な税制度の展望が制度としてスタートし、その後の2023年度のIFRSの導入へと続く予定でありました(※IFRSの導入は2027年に延期となっています)。そして、この年、LTOやMTO1、2などを皮切りに、申告納税制度がスタートしました(LTOではその前に始まっていました)。

 申告納税方式(Selg Assesment System)が採られる前のミャンマーの税制は、いわゆる賦課決定方式(Office Assesment System)が採られていました。賦課決定方式においては、タックスクリアランスが、実質的な簡易税務調査の様な位置づけとなっていて、当局から求められる資料のコピーを持ち込んで、税務署のヒアリングを受けるといった方式となっていました。しかし、最終的には、当局に裁量権のある制度ですので、納税者側がいくら正しいとする税務会計申告を行っていたとしても、レベニューターゲット的な観点から、外形標準的課税がなされるといった事例が散見されていた訳です。当時も、タックスオーディット(税務調査)という制度がありましたが、実際には、タックスクリアランスで完結していました。

 申告納税制度が取られてからは、日本と同様な見地から、納税者の責任の元に正しい申告を行って、タックスクリアランスでは、一旦是認をするが、それとは別個に、オリジナルの資料を精査する本格的な税務調査を行うという展望でありました。その流れに従って2022年からタックスオーディットが盛んに実施されるようになってきました。

 この制度も始まったばかりですので、当局側も納税者側もこれまでのタックスクリアランスの感覚でまだ行っているといった状況です。しかも、これまでのタックスクリアランスと違って、オリジナルの資料を税務署に預けなければならず、その際に紛失が起きたりして、提出した、してないといった細かなトラブルも発生しています。また、税務調査にもかかわらず、法的説明が無いまま外形標準的に取られかねない決定が行われている場合もあります。清算の場合は、かなり高い確率でタックスオーディットが実施されるため、撤退して数年後に税務調査が始まるといった事例も見られます。MTO4については、ローカルを所轄する税務署ですので、いまだ賦課決定方式が採られており、いわゆる鉛筆なめなめといった慣例が残っている面もあります。全体的な制度の成熟にはもう少し時間がかかるでしょう。

 しかしながら、LTOやMTO1、2といった外国企業も所轄する税務署による税務調査については、追徴指摘事項についても、昔ほど納得感の湧かない理由付けはだいぶなくなってきました。税務調査の指摘事項についても、私たち会計事務所の意見も受け止め、法的根拠を双方で協議し、見解の相違について、現在の制度の状況に照らし話し合っていくといった姿勢も見られます。今後とも、当局スタッフさんの職業倫理感に期待したいところです。一方で、ローカルを所轄するMTO4といった税務署については、先ほども述べた通り、対照的にむしろ悪化しているかもしれません。

 常々申し上げていることではありますが、国づくりにとって重要な正しい徴税制度構築というものは、役所・納税者・専門家が話し合いを積み重ねて、見解の相違や法的安定性・予測性の低さを改善し、1つ1つ積み上げていかねばならないものと思います。政治的困難が続く中でも、長期的な展望と倫理観を持って、この国づくりがしっかりと行えるような徴税制度に発展してほしいと切に思います。

(2024年2月号掲載)

執筆者プロフィール

若松裕子
Japan Outsourcing Service Co., Ltd.(税理士法人Right Hand Associates)ヤンゴン事務所長・税理士。
2014年よりミャンマー駐在。中小企業から上場企業、ミャンマー国内法人まで幅広く事業をサポート。趣味は坐禅。