今月のKEY PERSON

The Tokyo Enterprise Vice President 花 重男 氏

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ミンガラドン工業団地の運営を行い、開発・建設・内装を手がける東京エンタープライズ。96年の設立から22年以上が経過し、今もなおジャパンクオリティを提供し続ける。
ミャンマー歴26年という、ミャンマーの生き字引的存在である花副社長にこれまでの歩み、今後の展開などについて語ってもらった。

受発注に理不尽なルール
日本品質で顧客の心を掴む

 ミンガラドン工業団地の管理・運営会社として有名な東京エンタープライズ。96年に立ち上げ、現在の主力事業は開発・建設・内装。20年以上に渡り、日系企業のみならず、この国の成長を支えてきた。

 設立当初は不動産仲介も行い、当時は現在のコンドミニアムやサービスアパートなどは一切なく、一戸建てを一軒一軒回るなど相当な苦労を強いられた。「インターネットもまともにつながりませんから、一戸建てを見つけると門を叩いて大家と交渉するなど、とにかく大変でした」と話すのは、立ち上げから事業に関わってきた花副社長。

 開発事業で最初に関わった案件が、現在もその瀟洒な姿をとどめているバハンヴィラ。共用のプールが付いた閑静な住宅街に位置し、現在も高い稼働率を誇るヴィラとして愛されている。「建設前からニーズが高く、完成前にすでに予約完売状態でした」と振り返る花副社長。その後も7マイルのハイランドヴィラ、8マイルのヤンゴンシティヴィラなどの開発を手がけ、内装事業においても引き合いが増加。第一勧業銀行、シャープやHITACHIといった日系企業の事務所やショールームを担当し、着実に事業を拡大させていった。

 2004年には日本人学校の拡張工事も手がける。当時の日本人学校は古いレンガ造りのうえ、住宅を改装した教室だったため、スペースに限界があった。たまたま後背地に敷地があったため、花副社長自らが設計し、9つの教室と小さなホールを増築。日本の学校の建築基準に合わせ、窓の開放率やドアや天井の高さも日本と遜色ないものを再現した。

 今ですらミャンマープラザやジャンクションシティなどの大型ショッピングモールが立ち並ぶのも当たり前の光景となったが、当時の建設現場では相当な苦労があったことが想像される。「今も大変ですが、当時はかなり苦労しました。建設途中で逃げ出す業者もいて、裁判沙汰になったこともありました。現場を下請けに任せたら孫請けに丸投げをし、スケジュール通り進まなかった案件も。最後には決裂しましたが、その後、契約解除にも関わらず建築現場から下請け業者が立ち退かなかったこともありましたね」。驚くべきは、当時は孫請け業者が「仕事を途中で放り出さないように」と下請け業者にデポジットを渡すという不可解な主従関係が存在し、発注者から支払いがあると、段階的に孫請けに代金が流れていくという実情だったという。そういった理不尽な慣習を排除し、花副社長自らが建設に関わり、ジャパンクオリティを提供し続けてきたからこそ、同社の仕事が途切れることはなかった。「日系企業はクオリティを求めます。弊社は現地に根付きながらもジャパンクオリティを提供し続けてきました。だからこそ、二期、三期工事といったことも受注できたわけです」。

当初は苦労した工業団地
今では100%の入居率

 前述した通り、ミンガラドン工業団地の管理運営を務める同社。当初は日系企業とミャンマー政府の合弁事業で98年より開業した同プロジェクトは、97年のアジア通貨危機、そして軍事政権に対する経済制裁により、外資企業の多くが撤退。日系企業も煽りを受ける形で、同プロジェクトも販売不振の状態だった。その後、同社に声がかかり、管理運営を請け負うことに。事業を引き受けた当初は8社の入居企業だったが、民主化が進んだことで経済制裁が解かれ、追い風のように日系企業の進出が相次ぎ、瞬く間にミンガラドンには製造業企業が集まった。現在、ミンガラドン工業団地は計31社、100%の入居率を誇る一大生産地に成長している。

 ミャンマーに対して、貢献したいことを聞くと、花副社長は「技術移転」と語る。「弊社は真摯にサービスを提供しています。下請けの仕事に対して、弊社では満足できるクオリティではないと、途中でも建築物を壊しますので。そうしていかないと下請けも弊社スタッフの技術も上がらないし、経験も蓄えることはできないんです。しかし、20年かけて、彼らの考え方も変わってきましたし、技術移転が徐々にできていると実感します」。

 今後は古くなった建物のリノベーションなども視野に入れながら、目指すのは「街の工務店」と胸を張る花副社長。大型事業だけではなく、小さな案件に対しても親切・丁寧に対応し、地域に根ざしながら安心のサービスを提供していく。

花 重男 [Hana Shigeo]

Profile
1962年生まれ。兵庫県出生、神奈川県出身。東京デザイン専門学校・建築士科卒業後、83年に東京の三松建設(株)に入社。ヤンゴンインターナショナルホテルの開発のために92年来緬。94年、ローカル法人を設立し、貿易業を営む。その後、96年に日本の企業と外資現地法人である東京エンタープライズを設立し、不動産開発・建設業を開始。ミャンマー歴は今年で26年。