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佐藤工業ヤンゴン営業所 GENERAL MANAGER 五十嵐正雄 氏

“トンネルの佐藤”として知られる日本の総合建設会社・佐藤工業。
ミャンマー進出とともにマグウェイの総合病院建設を受注し、幸先のいいスタートを切った。
ヤンゴンで舵取りを任される五十嵐GMに、受注した時の思いや今後の展望について話を聞いた。

進出早々、大型のODA案件を受注 災害にも強いマグウェイの総合病院

江戸時代から続く業界の老舗
ASEANでの展開を拡大中

 佐藤工業の歴史は、実に江戸時代までさかのぼる。文久2年(1862年)、創業者の佐藤助九郎が富山県・柳瀬村に佐藤組を立ち上げ、治水工事から始まり、近年では富士山世界遺産センターや国立がん研究センター中央病院、東京工業大学といったデザイン性に優れる建築に加え、日進25.1mというトンネル掘削の日本記録を樹立した黒部トンネルなど、特にトンネル工事に関しては業界トップクラスで、“トンネルの佐藤”と呼ばれるほど、その高い技術力には定評がある。ほかにもダムや橋梁といった大型案件も数多く手がけてきた。ASEANにおいては、シンガポールで国立博物館やマリーナベイクルーズセンター、新最高裁判所、マレーシアではLNGタンク、タイではホンダの自動車工場などに携わり、海外でも着実にその実績を積み重ねている。

 前述したシンガポールやマレーシア、タイ、さらにカンボジアの4拠点が同社の重点地域であったが、その事業領域を成長著しいミャンマーにまで拡大。今年7月、ヤンゴン市内のサクラタワーにオフィスを構え、本格進出を果たすやすぐにビッグサプライズを日系社会にもたらす。ODA一般無償案件であるマグウェイの総合病院整備計画を受注した。

 「ミャンマーでのODA案件は、過去に2回入札したものの、受注することができませんでした。今回は今年2月に公示された案件で、6月に入札開始。社員が頻繁にミャンマーを訪れ、相当な準備をしました」と話すのは、マレーシアなど海外経験も豊富な五十嵐GM。

 日本で行われた入札発表にも立ち会ったという五十嵐GM。いくつかの事前審査を通った数社が集められた発表当日。まるでプロ野球のドラフト指名選手のように競合の入札価格がアナウンスされるなか、最終的に同社が提示した価格が採用された。「手に汗も握り、ドキドキでした。獲得したときは、もちろんうれしかったですが、同時に責任感や不安も湧きますよ。ただ、もう受注した以上、自信を持ってやるだけですね」。

新生児の死亡率低下に寄与
目指すは人々に愛される建物

 マグウェイ総合病院は、バガンから車で約3時間、ミャンマー中部にあるマグウェイ最大規模の総合病院だが、近年、施設や機材が老朽化、病床占有率は100%超えなど適切なサービスを提供するのが困難な状況に陥っていた。敷地内の土地に新たな病院を建設するのが、今回のプロジェクトとなっている。

 また、ミャンマーは5歳未満の新生児の死亡率は1000人に対し、51人(世界子供白書2017年/日本は3人)であり、この国が抱える深刻な問題の一つ。それを解消するため、今回のプロジェクトでは最新の医療機器を導入し、電気・機械も安定的な設備にグレードアップ。何よりも最大の特徴としては、耐震設計が万全ということ。「過去にもミャンマーでは地震によって大きな被害を受けました。今回の建物は耐震構造となっています。子どもの命を救うための施設だけではなく、災害時にも強い病院となるのです。それゆえ、非常に大きな意味を持つ案件だと認識しています」と五十嵐GM。工事完了は2020年4月を見込む。

 ミャンマーでの初受注だけに、万全を期して臨みたいという五十嵐GM。そのため、複数の日本人スタッフが現場を管理し、日本流のメソッドを実践。工事を行うのはローカルのサブコンだが、日系企業との実績も十分であり、問題なく進められると胸を張る。「今回はODA事業ですので、ローカル業者への技術移管という側面もあります。また、建築物というのは建てたらそれで終わりではありません。保守管理が不可欠。日本人だけでそれを賄うのは現実的に厳しく、病院という性質から迅速対応も求められます。現地の人たちの技術力が上がることで、それも可能となります」。

 今後の展開については、「もっと力をつけてから臨みたい」と慎重な姿勢の五十嵐GM。地方のインフラ整備もまだまだ未発達である一方、成長著しいミャンマーだからこそ、今後も土木や建築事業は増加していくと見込み、「個人的にはイギリス統治時代の建築物のリノベーション案件にも興味があります」と話す。

 「人々に愛される建築物を作っていきたいんです。苦労して完成した建物を、お客様にお渡しするときは、まるで自分の娘を嫁がせる気分。そういった建物をキレイに保守管理して、大事に使ってもらうのは非常にうれしいことなんです。『この病院を手がけたのが、日本の佐藤工業』とミャンマーの方たちに思ってもらえるような建物を今後も作っていきたいです」。

五十嵐 正雄[Igarashi Masao]

Profile
1958年生まれ、富山県出身。福井大学工学部建築学科卒業後、82年に佐藤工業入社。東京支店配属後、89年にマレーシア・クアラルンプールで初駐在。ジャスコの海外店舗などを手がける。その後、ペナンでソニーの工場建設に携わり、再び日本帰国。2012年に再びマレーシア社長を務め、18年7月からヤンゴン営業所のGMに就任。