今月のKEY PERSON

Toyota Myanmar 大出浩之 Managing Director

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コロナ禍を乗り越え、ミャンマーでトヨタが動き出す。当初の予定通り2月から新工場の操業開始を決定し、その動向に大きな注目が集まっている。
しかし、当然ながらこれまでの道のりは決して平坦ではなかった。
工事着工から操業開始に至るまで、大出MDに話を聞いた。

つ いにミャンマーでトヨタが始動 ASEANで 25 年ぶりの車両生産開始

次々と噴出してくる難題
可能性に懸けた準備期間

 2019年のミャンマーで最も注目を集めたニュースが、トヨタの進出だろう。同社の新規工場建設による海外進出は、2007年のロシア以来13年ぶり、ASEAN域内においては1996年のベトナム以来の25年ぶりで、ミャンマーの勢いを象徴するホットトピックとして、今も記憶に新しい。
 工事着工から約1年半、当初の予定通り、今年2月末からピックアップトラック・ハイラックスの現地生産を開始する。場所は日本の官民が推し進めるティラワ経済特区のゾーンBで、敷地面積は21万平米、SKD(セミノックダウン方式)による生産能力は年間2,500台。コロナ禍にもかかわらず、予定通り2月からの操業開始を決めたが、そこには当然並々ならぬ苦労があった。
 ミャンマーだけではなく、ASEANでの建設現場において、ポイントとなるのが雨季前の屋根の取り付け。屋内設備、内装などは雨を避ければ対応できるが、肝心の屋根がなければ、あらゆる予定に影響が出てしまう。昨年3月23日にミャンマー国内初の感染者が確認されると同時に、4月10日からロックダウンの措置が発表。しかも解除時期は不透明で、5月から本格的な雨季に入るため、その前に何としてでも屋根を完成させる必要に迫られた。建設を担当したFUJITAの全面的な協力のもと、感染予防策を徹底しながら工期を約1ヵ月前倒しし、ロックダウン前日の夜に完成させることができた。「結局ロックダウンは5月中旬まで続いたのですが、屋根が完成していたので影響を最小限に留めることができました。これが最初のターニングポイントでした」と大出MDは振り返る。
 その後、5月中旬に工事を再開したものの再び難局に直面する。国際線フライト禁止措置で、設備の据付に携わる専門家が来緬できなくなったのである。急きょ当地で設備据付ができる業者を探し、タイや日本の本社とオンラインでつないで画面越しに専門家が現場に指示するという、これまでにないやり方で取り組むことになった。さらに工場の通電認可スケジュールが差し迫るなか、配電盤メーカーの工場があるイタリアがロックダウンとなり、出荷できない事態に。ミャンマー国内だけでなく他国の感染拡大からも影響を受けた。
 極めつけが、9月下旬に実施された2度目のロックダウン。ODA現場でも業務が停止となり、当然ティラワにも適用され、これによって新規採用のスタッフの作業訓練ができなくなってしまった。しかし、「可能性がある限りチャレンジし、トヨタの新工場がミャンマー経済を元気づけられるように頑張ろう」との掛け声のもと、品質と日程を守るための施策を徹底的に検討。オンライン指導など多くの新しい取り組みを導入し、ロックダウン解除後はまさに寸暇を惜しんで作業訓練に取り組んだ。「親工場であるタイ・トヨタの指導員達が年末年始も返上し、オンラインで技術指導にあたってくれました。メンバーにとっては厳しい日々だったと思いますが、全員が同じ目標を目指して頑張り、トヨタ品質を実現できる人材を育成できたと確信しています」。
 そして、年明けの1月8日、遂に新工場が完成。ミャンマー人スタッフによる試験車両も完成し、品質も確認。こうして、さまざまな苦難を乗り越え、ようやく操業開始のめどを立てることができた。

既存の概念を超える
現地生産という挑戦

 初の現地生産車となるハイラックスについて、大出MDは「トヨタのベストセラー車のひとつで、世界中で50年以上にわたり愛され続けています。タフで、どんな悪路も走ることができ、新興国ではとても重宝いただいています。荷物搭載量が大きく、かつ5人乗りなので、ビジネスだけでなくプライべートにも使うことができます」と語る。ピックアップトラックのイメージを覆すスポーティーかつ豪華なデザインで、安全装置など高級車並みの装備も備える。拡販のため、地方での販売やサービス強化に努め、ラショーやタウンジーなど地方都市にも新店舗をオープン。今後もさらなるネットワークの拡充を図る。
 2020年のモーターショーで登壇した大出MDが語ったミャンマーでのテーマが“TOYOTABEYOND TOYOTA”だった。すでにこの地でのトヨタのポジショニングは確立され、もはや知らない人はいない。ただ、それを成し遂げたのは、この国で生産された車ではなく、日本などから入ってきた中古車の存在。タクシーに乗れば、運転手がトヨタ車を自慢するほど、その知名度は圧倒的である一方、現地生産車がどこまで受け入れられるかは未知数。ゆえにハイラックスをミャンマーでリリースするというのは、既存のトヨタを超えるためのチャレンジであり、だからこそ大出MDは“トヨタを超える”というテーマを掲げた。
 「ミャンマーにおけるトヨタの第二章が始まっています。新工場はまさにその一歩。また、本社からは『その国のトヨタになりなさい』と言われており、社員にも『この国いちばんの企業になろう』と伝えています。私は、自動車産業を通じてアジアの発展に貢献したいと考え、トヨタ自動車に入社しました。当時思い描いた仕事に、今まさにこうして携わることができ、感謝の思いで毎日仕事に取り組んでいます。トヨタがミャンマーの発展に一層貢献できるように頑張っていきます」。

大出浩之[Oide Hiroyuki]

1973年生まれ、栃木県出身。東京外国語大学卒業後、98年トヨタ自動車に入社。生産管理部などを経て、2010年からタイ、15年からシンガポールでの駐在を経て、20年よりトヨタミャンマーのMDに就任