【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉が日本・ミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<2016年3月号>東京大学東洋文化研究所 教授 高橋 昭雄 氏

今回のテーマ:ミャンマーの農業・農村と経済政策

東京大学東洋文化研究所 教授
1957年生まれ。東京大学教授。1981年京都大学卒業後、アジア経済研究所入所。1986年ラングーン外国語学院留学を契機にミャンマーの農業・農村研究に携わることとなる。ビルマ式社会主義下の農業政策と農村の対応に関する研究で博士号を取得。ミャンマーの村人との対話を通して農村の実情を30年にわたり研究。ミャンマーの農業・農村研究の第一人者として、数々の提言を行っている。

ミャンマーで農業・農村研究 村民1万人以上にインタビュー

永杉 本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます。先生はミャンマーの農業・農村経済研究に関する第一人者とお伺いしておりますが、ミャンマーに関わることになったきっかけはなんだったのでしょうか。

高橋 81年に大学卒業後、アジア経済研究所でアセアン経済を研究していたのですが、84年にビルマ(ミャンマー)経済研究をはじめ、86年4月に初めてミャンマーに来ることになりました。
緑が多く、空気もきれいで、インヤ―ロードには牛がのんびりと歩いていました。農村研究の予定で渡緬したのですが、社会主義体制下でヤンゴンの外で宿泊するだけでも許可が必要な状況でした。したがってヤンゴン近郊のフレーグーで日帰り調査することにし、農業政策がどのように村に導入され、村人がどう対応していくのかを調査しました。その後、30年の間に200ヵ村以上を巡り、おそらく1万人以上にインタビューさせていただいたと思います。
相対的貧困・所得格差の拡大 税制などの変革が必要

永杉 現在、5千万人超のミャンマー人口のうち7割が農民と言われています。ここから考えて、農民の経済状況に関する考察というのは大きな意味を持ちます。そこで、今後の農民の貧困や所得格差などの経済状況はどうなっていくとお考えか、お聞かせ願えませんか。

高橋 ご指摘の通り農民人口が7割と言われていますが、ここでいう7割というのは農村人口で、農民人口ではないということを押さえる必要があります。平野部の農村人口のうちの5割は農地を持たない非農民で、いわゆる日雇い労働者のような生活をしています。ミャンマーは社会主義だったとはいえ、当時からこのような状態で、社会主義の時代からすでに格差というものがありました。
貧困と言っても、絶対的貧困と相対的貧困の2つに分けて考える必要があると思います。まず絶対的貧困についてですが、中国などを見ていただいても分かるように、経済が発展すれば収入も必然的に増えていくので次第に減少していくと思います。
次に相対的貧困ですが、今後増えていくと思います。経済が発展すると市場経済の原理により、富める者はますます栄え、貧する者はますます窮する、ということになりかねません。つまり、相対的貧困=所得格差は大きくなっていくと考えられます。この問題に対応するには、税制や財政の構造をまずは変えていく必要があると思います。
輸出には大規模化が課題に 契約栽培が得策

永杉 昨年11月に歴史的な総選挙があり、政権交代が決まりました。今後のNLD 政権で、経済政策と農業政策にどのような違いが出てくるとお考えでしょうか。

高橋 経済政策自体はそれほど変わらないと思っています。違いといえば、政策をどう運用するのかを明確にしている点だと思います。法による統治、政策の透明性 、行政の説明責任がそうです。
農業政策の点では、小規模農民の保護と輸出促進という政策を打ち出しています。いままで明確にされていなかった農民の土地の所有権が法律に明記される可能性もあります。この場合、各農家が土地を所有しているため、土地の集積が困難になり、大規模な農地をまとめることが難しくなりそうです。つまり、もうひとつの政策である輸出促進のために必要な大規模農業の実現が難しくなることを意味します。これは今後の課題と言えます。
農業組合を作り、規模の経済を進めることを過去何度か行っているのですが、いままで失敗している経緯があります。こういう状況で考えるならば、契約栽培を商業ベースで作り上げ、大規模農業に相当する生産構造を実現することがひとつの手ではないかと感じています。

農業への過度な期待は禁物 ミャンマーの発展には工業化が必須

永杉 農業への投資についてどのようにお感じですか。

高橋 50年前からミャンマーの農業のポテンシャルについては言われておりますが、短期間に顕現化できる高いポテンシャルはそれほどないと思います。農業の生産性を上げるためには、莫大な投資が必要です。例えていうのであれば、地下奥深くに眠る天然資源があるが、それを商業ベースで採掘するには費用が掛かりすぎて採算が合わないという状況に似ています。
農業で発展した国を考えるとアメリカやオーストラリアがあるのですが、それらの国は人口と比較して膨大な土地があり大規模農業を進められる国です。ミャンマーの一人あたり平均農地面積は日本を少し大きくしたぐらいですので、制度的に大規模化が困難になりつつある中で、農業生産そのものへの投資は難しいのではないかと思っています。
一方、タイのCP グループがやっているようなフードバリューチェーンや、加工・流通過程に関わるような周辺ビジネスであれば成り立つ可能性はあります。ただし、道路や電気といったインフラが不可欠です。
軍、少数民族、僧侶、学生 経済でも注視必要

永杉 30年以上もの間ミャンマーをご覧になっていて、今後ミャンマー経済を考える上で注視すべきポイントは何でしょうか。

高橋 従来、キーポイントと言われていたのは、軍と少数民族と僧侶と学生の動向を確認することでした。経済でも同様です。
そして、NLD が今何をしようとしているのかという点ですが、例えば国軍に関して言えば、国営企業の民営化と会社の説明責任がポイントです。これが徹底されるならば、軍の現在の権益に触れてくると思います。ここでどのような反応が軍から返ってくるのか、注視したいと思います。

永杉 現在のチャット安や日系企業のビジネスは、ミャンマー経済全体からみてどのようなリスクや問題が想定されますか。

高橋 成長に向かう過程でのチャット安は問題ないと思います。具体的にはチャット安が農産物をはじめとした輸出促進や外資の進出につながっていくのであれば、将来的な経済発展につながり、この状況も解消されていくので、問題ありません。
しかしリスクはいくつかあると思います。特に日系企業の人材についていえば、賃金上昇、ジョブホッピングという2つの問題があります。現在、市内では賃金が上昇しており、リスクのひとつです。ただし、一方で農村にはまだまだ貧困層がいるため、これはマッチングの問題かと思います。またジョブホッピングですが、これは仕方がないとも思います。ミャンマーでは、農村でも個人主義で動くところがあり、集団性に欠けるネットワーク社会です。今後、農村からの人の流入があるとしても、組織に対して働くと いう形ではなく、個人に対する忠誠心というか、パトロン‐ クライアント的な関係をベースに人々は動くと思います。
また、土地の問題ですが、今後土地の集積が難しくなることが想定され、これを原因として経済発展が妨げられる可能性もあります。
農業国から工業国へ転換必要 ティラワなど工業団地に期待

永杉 最後になりますが、今後の経済政策に関して一言提言をいただけますか。

高橋 農村人口が多いので政治的課題として農業・農村政策に関して話がよくあがりますが、実際問題として、農業が発展したとしても農村人口の全てを雇えるだけのキャパシティはないと思います。したがって、これら農村を基盤とする人口をどうやって他へ移すかが重要となってくるのであり、これが工業化というところに繋がっていくと思います。つまり、ティラワのような工業団地を積極的に設置していき、工業人口を増やし、ミャンマーの経済基盤を少しずつ変化させ ていく必要があると思っています。

永杉 本日はミャンマーの農業・農村経済の過去から現在、そしてミャンマーの未来への提言まで大変勉強になるお話をお聞かせ頂きまして、ありがとうございました。髙橋先生の今後ますますのご活躍をお祈りいたします。

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
MYANMAR JAPONおよび英語・緬語情報誌MYANMAR JAPON+plus発行人。日緬ビジネスに精通する経済ジャーナリストとして、ミャンマー政府の主要閣僚や来緬した日本の政府要人などと誌面で対談している。独自取材による多彩な情報を多視点で俯瞰、ミャンマーのビジネス支援や投資アドバイスも務める。ヤンゴン和僑会代表、一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合特別委員。