【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉が日本・ミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<2014年6月号>国際協力機構(JICA)主要感染症プロジェクトHIV・血液対策専門家  吉原 なみ子 氏 (国立感染症研究所 エイズ研究センター前室長)

今回のテーマ:日本の約10倍、ミャンマーに潜むエイズなど感染症の実態とは

国際協力機構(JICA)主要感染症プロジェクトHIV・血液対策専門家(国立感染症研究所 エイズ研究センター前室長)
東京都出身。1969年東京大学医学系大学院修士課程修了。80年国立予防衛生研究所 血液製剤部室長、88年国立感染症研究所 エイズ研究センター室長。タイやフィリピン、カンボジアのHIV 対策等に携わり、90年ごろからミャンマーのエイズ関連の改善協力のため同所を訪れ、2005年から国際協力機構(JICA)の「主要感染症対策プロジェクト」に参画。現在も日本と行き来しながら、問題解決や人材育成に尽力。

輸血分野のエキスパート
機会得てミャンマーの地へ

永杉 本日はお忙しい中、お時間を頂戴しましてありがとうございます。
早速ですが、まずエイズ問題の概要と歴史、ミャンマーに関わりを持たれた経緯をお聞かせください。

吉原 まず、概要を説明しますと、エイズはHIV 感染により免疫系が破壊されて感染症や悪性腫瘍を引き起こし、死に至る病気です。症状が現れるまでの無症候期間が6カ月から15年以上と長く、この間に感染させることが世界的に大きな問題になっています。 アジアにおいても流行し、1990年には15万人だったのが2012年にはインド、中国などを中心に600万人に達したとの報告もあります。

私は70年代から日本の大学や研究機関で、輸血の分野で研究と開発を行っていました。その成果の1つとして、今も実施されている献血制度を導入しました。また、"エイズ" 問題に着目し、国内だけでなく周辺国対策や支援の必要性を感じ、アジア各地へ足を運び、現状を調査・研究してきました。

ミャンマーは軍事政権下、潜伏している感染症の問題がありました。政府関係者から極秘に依頼を受け、80年代後半から90年代にかけて短期訪問。そこで問題を真剣に捉える現地パートナーの方々と出会うことで、長期にわたって支援するようになったのです。

ミャンマーとエイズ問題
ゼロからの仕組みづくり

永杉 ミャンマーのエイズ問題は、あまり知られていない印象があります。どれほど深刻なものなのでしょうか。

吉原 ご存知の通り、今では貴誌のような媒体も数多く発行され、自由に情報発信できるようになりました。しかし、厳しい軍事政権下では情報の口伝いの開示すらご法度でした。当時は、「この国の感染症被害者数はゼロです」と公式発表されていたくらいです。

実際にはミャンマーでは3疾病(HIV・エイズ、結核、マラリア)が患者数、死亡数の上位を占め、国民にとっての大きな脅威となっていました。日本では2万人と言われるエイズ感染者は、現在国内に20万人以上、毎年8,000人以上が新規に感染していると推定されます。

エイズ関連でこの国の力になれないか。以前にカンボジアで約10年間エイズ対策に取り組んだ際には、無料の検査施設でHIV 検査が実施され、HIV抗体陽性率は年々減少してきました。ミャンマーでは、治療法が何もないゼロからのスタートです。まず簡単な検査試薬を用い、血液検査から開始。加えて質を高めていく中で、国際協力機構(JICA)による対策プロジェクトが本格的に始まり、支援は徐々に進みました。そして民主化の波で情報規制も緩和され、取り組みが拡大されていったのです。

《ミャンマーのエイズ感染者数》

感染者は1999年をピークに減少。理由は大半が死亡したためという。年間で18,000人が死亡、8,000人が新たに感染というデータもある。新規感染者は以前より減少しているが、まだまだ高いのが現状。
出所: HIV Estimates and Projections Myanmar 2010-2015

かつては日本の献血制度を確立し長年ミャンマーのエイズ問題に注力

ミャンマー国民性は特出
土台を築いて人材育成へ

永杉 まさに土台をつくられたわけですね。では、現在はミャンマーの現場で主にどのようなことを行っているのでしょうか。また、ミャンマーの特性はありますか。

吉原 感染への対策としては予防と検査が極めて重要です。具体的には、「献血者登録システム」を開発し、ミャンマー全土の主要な病院に導入しました。これによって、HIV・エイズの血液が、献血を通して感染が広がるリスクを削減できました。また、検査精度管理にも力を注ぎ、性感染症の検査能力やスキルの向上に努めているところです。

他国と違うミャンマーの魅力は、実行力の素晴らしさでしょう。一般的にアンケート調査の回答率は約半数で、よくても7~ 8割程度ですが、ミャンマーでの精度管理調査の報告は9割以上の回答が得られるのです。受け手の誠実さも感じられ、やりがいを感じますね。ミャンマーの国民性であり、仏教徒の姿でしょうか。昔の古き良き時代の日本を思い出し、この国の人がさらに好きになりました。
国の変化に期待と不安交錯

感染症研究と指導を地道に

永杉 先生もミャンメロ(ミャンマーにメロメロ)のお1人ですね(笑)。
最後に、ミャンマーの最近の変化の中で、今後のミャンマー医療に携わる思いをお聞かせください。

吉原 数年前のヒラリー・クリントン前米国務長官訪問後の国の様変わりには驚きました。以前は情報開示をしてくれませんでしたが、今はウエルカムという状況です。とはいえ、まだ医療の体制は整っていません。300数十カ所の主な病院を、年に何回か訪問し、指導にあたっています。プロジェクトはパートナーとなる受け入れ機関や担当者が信頼できるかどうかが成功のポイントですね。

まだまだ課題は山積みです。国の発展によって、例えば交通事故が増えるに従い、輸血が必要になるため、現場スタッフの負担も増えます。また性病は世界からなくなったことはありません。建設が増えれば、人の移動も起こり、都市に性に関する正確な知識を持たない労働者も増えるはずです。これからこの国の感染症問題がどうなるかわかりませんが、だからこそ重要な役割だと実感しています。安全な血液対策だけを考えても、やっと一歩を踏み出したところで、人材育成など日本が協力できることはたくさんあります。

永杉 先に経済発展を経験している日本の医療技術や人材育成のノウハウが、今後も大いにミャンマーで活かせますね。これからもエイズを始めとする感染症問題の解決に向けた研究、ミャンマーへのさらなる支援にご尽力ください。

国際協力機構(JICA)による主要感染症対策プロジェクト

HIV /エイズ、結核、マラリアを対象とし、国家プログラムに関わる行政・医療スタッフの技術力、運営能力の向上、将来的に罹患率・死亡率を低下させることを目指し、「主要感染症対策プロジェクト」が2005年1月から5年間実施され、その後延長された。実施体制・能力の更なる強化、継続的な支援が必要となり、ミャンマー政府は協力を正式に日本側に要請、12年3月から3年間の同プロジェクト・フェーズ2が実施されている。

感染症は他人事ではない 知っとく! 衛生・医療メモ

●性・血液感染症:エイズ、B・C型肝炎などあり。
●デング熱:雨期の5月から10月にかけてヤンゴン市内でも発生。昼間に蚊に刺されないよう配慮、夜の蚊はまれにマラリアになる可能性も(特に地方へ行く際は要注意)。
→ 予防は蚊取り線香・蚊帳の使用、常に冷房を効かせる等、「長そで・長ズボンの着用や市販の虫よけスプレーも効果あり」と吉原先生。
(参照:外務省ホームページ)

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
ビジネス情報誌「MYANMAR JAPON BUSINESS」、「MJビジネスバンコク版」、ヤンゴン生活情報誌「ミャンジャポ!」など4誌の発行人。英語・緬語ビジネス情報誌「MYANMAR JAPON+plus」はミャンマー国際航空など3社の機内誌としても有名。日本ブランドの展示・販売プロジェクト「The JAPAN BRAND」ではTV番組を持つ。ミャンマーの政財界や日本政府要人に豊富な人脈を持ち、ビジネス支援や投資アドバイスも務める。 一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、WAOJE(旧和僑会)ヤンゴン代表。