【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!|日本語情報誌 ミャンマージャポン

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【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉がミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<第22回>日本財団会長 笹川 陽平 氏


今回のテーマ:日本財団、その知られざるミャンマーの活動


日本財団会長
1939年生まれ、東京出身。6歳の時に東京大空襲を経験した。日本財団の前身の日本船舶振興会会長だった父の笹川良一氏に師事する形で、世界各国の海外援助の現場を目にする。2005年に会長に就任した。海外援助の最前線に足を運ぶ現場主義で知られる。2013年2 月、日本政府からミャンマー国民和解担当日本政府代表に任命され、ミャンマーの少数民族の代表らと国民融和のための協議を重ねている。ハンセン病制圧がライフワークで、世界保健機関(WHO)のハンセン病制圧特別大使も務める。

国家元首に会うことが必要

永杉 本日は、お忙しい中お時間を頂きまして、誠にありがとうございます。早速ですが、日本財団の活動についてお伺いしたいと思います。

笹川 世界有数の人道援助を行う財団で、アジアでは最大規模の民間財団になります。基本理念は、政治思想・宗教・人種・国境を超えて人道活動を行うということ。旧ソ連のチェルノブイリ事故後の支援も10年間行いましたし、中国では、天安門事件の前から、医師の招聘などの活動をしていました。日中関係が悪化し、政府間の交流がストップした間も、活動を続けました。

永杉 一般の方にはあまり知られていない、地道な活動を続けてこられたのですね。

笹川 はい。しかし、私達の特徴はそれだけにとどまりません。ミャンマーでは、1980年代の初期からハンセン病の医療面での制圧や差別等の社会的問題解決に向けて、たくさんの施設を回り支援してきました。小学校も300校ちかく建設支援をしています。ただ、そのような草の根(グラスルーツ)活動だけではなく、昨年はミャンマー国軍幹部の訪日プログラムを実施し、自衛隊との交流も始めました。日本防衛省の招聘によって、ミン・アウン・ライン国軍総司令官が昨年来日されましたが、その際もご協力させていただきました。
 私達は、大統領とも議論するし、関係各部署の大臣とも協力します。グラスルーツも大切ですが、この国を良くするためには、上下だけでも左右だけでもだめです。問題処理には、立体的に多角的にアプローチするのが大切です。アフリカに行っても、必ず国家元首にお会いします。そして「もっと良くするためにはこうしてください」と言います。例えば保健衛生問題なら、保健大臣が横に座りますから、大統領が「君、しっかりやりなさい」と言うと、彼らも喜びます。大統領が言えば予算がつきますから(笑)

教師が身銭を切って奨学金を拠出

永杉 草の根からトップまでの幅広いアプローチとは素晴らしいですね。

笹川 一般的に援助関係者は、民主主義の説明から入りがちです。上からの目線で「教えてあげます」という態度も目につきます。私達は、そうではなくて、民主主義という言葉を使わずに教えるのです。民主主義だ、人権だ、ということを村人に話してもなかなか理解されません。学校が必要というところには「学校建設にあたってあなた達はどのような協力できますか。誰が指導者になりますか。皆さんの学校なのですから、皆さんで決めてください」と問いかけます。3 回も4 回も話をします。中には反対する人もいるけれど、大多数が賛成するならそうしようと決めます。その過程を経て民主主義を実感してもらいます。世界中で学校の建設支援をしてきましたが、ミャンマーでは、貧しい地域の学校の先生たちが、自分の少ない給料からお金を集めて子供たち奨学金を出しているんですよ。1400人位の先生が1 人月々500Ksずつ出して、奨学金にしているんです。「世界でも例がないから、表彰してやってください」とテイン・セイン大統領に申し上げました。

上下だけでなく、左右だけでもなく、多角的な見方が必要

日本のやり方は信頼を得ている

永杉 ミャンマーにはだいぶ以前から関わっていらっしゃいます。その理由をお聞かせください。

笹川 終戦時私は6 歳ですから、戦争を知っている最後の世代になります。戦後日本が、ミャンマーからお米をもらったことも覚えています。また、アジア諸国の独立に際しては、南機関を中心とした日本軍が、ミャンマーに限らず大きな役割を果たしています。インドの国民軍も、藤原岩市という日本人がチャンドラ・ボースに働きかけて作らせたのです。昨年9月に日本を公式訪問したミン・アウン・ライン国軍総司令官は、日本に来て真っ先に南機関の鈴木敬司陸軍大佐の墓参りをしました。墓だけでなく、生家も訪れています。鈴木大佐はミャンマー国軍創設にゆかりのある方だからです。
 日本人は、アジアの平和と安定のために尽くしてきました。ただ、日本人は奥ゆかしいというか、自分たちのした良いことを言わないでいることが良い事と思っています。いわゆる陰徳を積むという考え方です。しかしこれは、国際社会では欠点となっており、通用しません。日本のやり方は世界中で大きな信頼を得ています。正論や支援活動は自信をもって伝えて良いと思います。

民族融和のために奔走

永杉 2013年2月に、日本政府から「国民和解担当日本政府代表」に任命され、ミャンマーの民族融和のために奔走されているとお聞きしています。会長自ら山奥や辺境地帯まで行かれているのですか?

笹川 政府と少数民族武装勢力との全面停戦、そして政治協議へのプロセスをきちっと乗せるための役割を果たしております。
 現在日本財団は、少数民族地域の紛争被害者に対する人道支援を大規模にやっています。財団の自己資金のみならず、日本政府外務省の資金も活用させていただいております。ミャンマー政府、武装勢力の双方との信頼関係のある日本財団だからこそ出来る活動です。すなわち、日本財団が独自の資金で、10年以上支援してきた小学校建設などの成果が一つずつ結びついているのです。
  少数民族地域には、内戦によって被災したたくさんの国内避難民がいますが、そこにも武装勢力の協力を得ながら現地を視察しました。現場に行かないと適切な援助の仕事はできません。当然ホテルもレストランもない過酷な地ですが、私自身が足を運びます。寝る場所なんて、別に寝られればどこでもいいじゃないですか。僧院で寝ることもありますよ。 よく誤解されるのですが、笹川はプライベートジェットで世界を動き回ってるとか、ホテルは高級ホテルしか泊まらないと思われているようです(笑)

永杉 失礼ながら、本日取材させて頂いたこの部屋もとても質素で、カメラマンがライトを採るのさえとても苦労していました(笑)。今日お会いして、私が今までにイメージしていた笹川会長とはまったく異なりました。まさに本物の話をお聞かせいただき、日本人としての誇りも感じたインタビューでした。今後もミャンマーのため、日本のためにご活躍ください。

日本財団、100か国以上で活動

 日本財団は、古くから海外援助活動を行っていた旧日本船舶振興会が2011年に改称した。これまで、アジアやアフリカなどを中心に100 か国以上で活動。
 ミャンマーでは、ハンセン病の制圧活動、学校建設を始め、少数民族地域への援助を行っている。今年1月には、ミャンマー国立医療技術大学にミャンマー初の義肢装具士の養成機関を設立した。

MYANMAR JAPON CO., LTD. 代表
MYANMAR JAPON および英字情報誌MYANMAR JAPON+ plus 発行人。ミャンマービジネスジャーナリストとして、ビジネス・経済分野から文化、芸術まで政府閣僚や官公庁公表資料、独自取材による多彩な情報を多視点で俯瞰、マーケティング・リサーチやビジネスマッチング、ミャンマー法人設立など幅広くミャンマービジネスの進出支援、投資アドバイスを務める。ヤンゴン和僑会代表、一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合会特別委員。

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