バックナンバーはコチラ

劇的に変わりゆく「児童・初等教育」-ミャンマーの未来を占う最優先課題-

全9教科のカリキュラムを改訂、教科書も刷新
初等教育を変革するJICA事業

学習指導要領が存在しなかったミャンマーでは、教育の指針がないまま、約20年進んできた。
そこで新たな初等教育のカリキュラム改訂支援を担うこととなったのがJICA。従来と比べ、どのように進歩したのだろうか?
最前線で事業を見てきた岩沢企画調査員に聞いた。

JICA(独立行政法人国際協力機構ミャンマー事務所)企画調査員
岩沢 久美子
Iwasawa Kumiko

全9教科の内容を見直し
21世紀型スキルを目指す

 ミャンマーにおけるJICAの教育・産業人材育成事業の貢献度は多大なものと言える。ODA(政府開発援助)事業の場合、どうしても数十億円規模といった大型インフラプロジェクトに注目が集まりがちだが、教育・育成事業が目指すものは、「未来への投資」そのもの。この国の人材のレベルが引き上がれば、日系企業が進出する際、より事業を円滑に進めやすくするためでもあるからだ。
 国語(ミャンマー語)や英語、道徳に至るすべての教科について、JICAの専門家が技術指導を行うカリキュラム開発チーム(カウンターパート)によって起草。この国の初等教育カリキュラムは約20年前のものを現代まで使い続け、そもそも教育の指針となる学習指導要領すら存在しなかった。「ミャンマーの教育とはなんだったのか?」という疑問にすら行き着くが、それだけに同プロジェクトは重責であり、慎重に進められてきた。
 JICAの教育カリキュラム改訂支援事業は、すでにラオスやパプアニューギニアのほか中米4ヵ国などでも実施しているが、いずれも一部の教科のみに対し、ミャンマーでは全9教科(10科目)が全国すべての小学校で導入。教育カリキュラムの支援としては、世界的にも最も大きなプロジェクトとなっている。
 まずはJICAが手がける事業を紹介したい。2004年の軍事政権時より支援を開始し、これまで関わってきた人数は100人以上。大きく分けて3つに分類され、①「政策支援」では、教育省が進める改革に対して、中長期的な視点で計画策定する提言。②「基礎教育」が児童への教育にあたり、小・中学校教員の養成校の改善、洪水地滑り被害地の学校復旧、日本での研修など。③「高等教育・職業技術教育・訓練(TVET)」になると労働人材の育成となり、日系企業の支援に直接的に還元される。工科系トップ大学の教育改善、工学人材育成ネットワークの形成、日本への留学を通じた専門知識の拡充に加え、昨年よりヤンゴンに技術短大を新設し、自動車整備士と電気技師を育成するプロジェクトが開始されている。

ピアノがない教室で授業
カスタマイズした教育

 前述したように、これまでミャンマーでは学習指導要領が存在せず、旧カリキュラムでは復唱や暗記などの詰め込み型の教育が中心で、突き詰める思考力や応用力が欠如。チームワークを養う体育や創造性を育む音楽や図工の授業が軽視され、いわば「考えることをしない人材」を生み出し続けてきた。それを教育省はJICAとともに根本的に見直し、国際標準である21世紀型スキルと言われる「創造力」「コミュニケーション」「社会生活」などを育むための新カリキュラムを導入した。「日系企業にお話を聞くと、人材で足りない部分は問題解決に対しての思考力といったこと。仮に工学系の大学生でも深掘りして考える人材が少なく、将来的にも技術も伸びません。そのためのステップとしての初等教育が重要なんです」と話すのは教育/職業技術教育・訓練(TVET)事業を担当する岩沢企画調査員。
 同プロジェクトには主に約40人に及ぶJICA専門家と教育省、ミャンマー人の専門家(カリキュラム開発チーム)が協働で実施。2014年から着手し、17年に1年生に導入、その後は毎年学年を引き上げ、21年の5年生で完了となる。並行しながら新カリキュラムに合わせた児童の評価方法の見直し、教員養成カリキュラムの改訂支援、現職教員への導入研修なども行ってきた。
 また、当初は5歳が小学1年生だったシステムを幼稚園に組み込むことで対象年齢を1歳引き上げ、6歳を1年生と設定。小学校は5年間、中学校は4年間、高校は3年間となり、日本と同じく12年制とした。退学率が高いことが問題となっていたが、5歳の時点で小学生になることも留年や退学の原因となっていたという。
 とはいえ、世界の潮流を取り入れるといっても、必ずしも先進国と同じように実現できるわけではない。持続可能な運営とするには、この国の経済状況を加味した内容にカスタマイズする必要があり、さらに全国統一カリキュラムの作成には地方の社会経済状況や教材の入手可否も考慮に入れなければならなかった。例えば、大半の学校には理科実験室はなければ、ピアニカもなく、音楽専門の先生もいない。ピアノもない教室で、一般の教師が音楽や体育に至る全科目を教えなければならないのだ。
 そのため、新カリキュラムでは教師への浸透も不可欠となった。教育省ではJICAの協力の下、全国規模の研修を毎年行い、教師用にわかりやすい指導マニュアルを作成。まずはマスタートレーナーと言われる数百人に研修をし、その後は徐々に分布させる体制を採っている。ちなみにミャンマーでは小中学校の教師になるためには高校卒業後、2年間全寮制の教員養成校で学ぶケースが一般的。大学在学中に教職課程を取って、その後採用試験を受けるという日本とは大きく事情は異なる。「かつて日本で学んだミャンマーの職員が、今や政府高官や局長クラスになり、日本を評価してくれています。そういった思いがあるからこそ、このプロジェクトを日本にお願いしてくれた経緯があったはずです。だからこそ我々もその思いに応えなければなりません。一方で、投資において人材は不可欠。日系の企業様が参入しやすいよう、支援していくことが大事だと考えています」と話す岩沢調査員。
 2021年3月まで続く同プロジェクトは、現在のところ順調に進んでいる。目に見える成果というのはなかなか難しいかもしれないが、教育という国の根幹を担う事業に日本が関わる意義は想像以上に大きい。そのたゆまない支援が、いつか未来の日本及び日系企業に還元されることを願ってやまない。

▲21世紀型スキルの獲得を目指した授業では、自主的に思考する人間を育てる

▲道徳の授業風景。多民族国家であるミャンマーだからこそ道徳教育は非常に重要