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【特集1】2016年はこうなる!(1)

運命の総選挙を経て、政権交代を選んだミャンマー国民。アウン・サン・スー・チー議長率いる国民民主連盟(NLD)による政権運営は2016年のミャンマー経済にどう影響を与えるのか、また、懸念される貿易赤字やインフレはどうなるのか。新興国経済に詳しい大和総研の佐藤清一郎主席エコノミスト、長年ミャンマーで生活し現地の政治経済に精通する武蔵富装の池谷修ミャンマー支店長、ミャンマー出身で若者の動向に詳しいチェルモの高瀬智也(チョー・へイン・ハン)CEO とともに、徹底討論した。
(司会は本誌編集長)

経済政策、大きな変更なしか

――11月8日の総選挙で、ミャンマー国民は歴史的な選択をしました。単独で大統領を選出することになるNLDですが、選挙公約にはあまり詳しい経済政策が書かれていません。この新政権をどう見ますか。

池谷 修 氏

武蔵富装ミャンマー支店長。
1968年外務省入省後、在ビルマ(当時)日本大使館員となる。その後ミャンマービジネスに携わり、ミャンマーで40年以上生活する。ミャンマーの政治経済に詳しい。

池谷 選挙の結果に驚いた方も多いと思いますが、私としては予想通りです。ここまでの票を集めるとは思いませんでしたが。ただ、この結果は53 年間続いた軍事政権への不信感によるもので、単にNLDの人気ではないことに注意が必要です。私は、テイン・セイン大統領は経済では十分な働きを見せたと思っています。彼はミャンマーを近代化し、オープンにしました。この事実は知識階層には評価されているのですが、一般市民は「あの人は軍人」としか思っていませんでした。悲劇の人と言えます。
 短期的には、NLDの経済分野の手腕、経験における不安があると思います。でも、長期的に見れば軍政から移管していくことはいい結果になるでしょう。NLDが外国人の投資やプロジェクトをストップすることはないと思います。今までの外国との約束も引き継ぐ姿勢です。経済政策については、ブレインを集めているとも聞きます。多少の混乱はあると思いますが、個人的には楽観視しています。

佐藤 清一郎 氏

大和総研主席エコノミスト(ヤンゴン駐在)。
都市銀行、経済企画庁(現内閣府)を経て90年に大和総研に入社。ロシアやインドネシアに駐在し、新興国の経済分析に携わった。

佐藤 私も今回の結果をあまり心配していません。NLDが何をするかよりも、軍の特権をどう無くすかだと思います。今回、スムーズに政権移譲が実現しそうな背景には、スー・チー氏が、法に基づいた政治をすると言っていることが大きいと思います。軍の特権をなくしていくのは緩やかに進めるしかありません。そうなるとNLDは、軍と国民の両方から反発を食らう可能性があります。特権を減らされることへの軍の反発と、期待の割に目に見えた民主化が実行されないことへの国民のいらだちとの板挟みです。

高瀬 智也(チョー・へイン・ハン)氏

ミャンマー人向けニュースサイトを運営するチェルモCEO。ミャンマー出身で日本留学中に帰化。日本ではアクセンチュアグループなどでコンサルティングに従事。ヤンゴンで広告や製品プロモーションなどを手掛ける。

高瀬 ミャンマー人はみんなNLDに期待しています。スー・チー氏が政権をとれば給料が上がる、生活がよくなるという発想を持っている人も多いのですが、実際はそんな単純なことではありません。一方で、我々のようなビジネスマンが関心を持っているのは経済ですが、その部分については、大きな変化はないと予想しています。NLDも経済発展を重要視していますし、そのためには対外開放や外国投資の呼び込みなど今と同じような施策が必要となるからです。

インフレ懸念、消費抑制策が必要

――さて、今年12月に証券取引所が開業し、来年にはティラワ経済特区の工場の操業も本格化します。大きな変革期ではありますが、2016年のミャンマー経済はどうなるとお考えですか。

佐藤 外国投資が成長をけん引しているので、8% 超の成長率は来年も変わらないと思います。海外からの投資については外国人に任せておけばいいと思いますが、重要なのは貿易赤字やインフレ率などの様々な経済指標を、適正な範囲に保つ政策が必要だということです。新興国にありがちなことですが、外国人からの投資が増えました、たくさんお金が入ってきました、お金が流れ込んだ結果国民の購買力が高まりました、そしてインフレになりました、ということになります。今のミャンマーそのものです。
いくら経済が伸びていても、インフレで物価が上がれば物が売れなくなり、ある程度のところで経済は失速します。2016年は約10%のインフレ率になると予想されています。10%前半はまだいいのですが、20%近くになると景気の失速が懸念されます。資金フローの管理が大事です。元をただすと、外国から大量の資金が入ってきたことでそうなったわけですが、これを新政権がどう管理するかが焦点です。また、生産性の向上を伴わない賃上げも、インフレの原因になります。
それと銀行の貸し出しが増えていますよね。本当は、これを引き締める政策を中央銀行がとらないといけないのですよ。海外からの資金流入の管理と金融引き締めで、購買力を少し落として、インフレを抑えることをしなければならない。しかし景気を抑えると「いい社会になると思って投票したのに、悪くなったじゃないか」とNLDにブーイングが来ますね。景気を悪くすることが実は重要な政策なのだとは、なかなかわかってもらえないでしょう。しかし、そうしなければもっと悪いことになります。今のところ、何も手をつけていないので、2016年も是正されません。再来年あたりが心配です。

池谷 テイン・セイン政権時の自動車輸入の自由化の影響は大きいと思います。当時、買える人も買えない人もみんな欲しがっていた。国民が欲しがったのです。そこで輸入を解禁して今の混乱を招いているのですが、「国際収支が悪くなるからだめだ」とテイン・セイン大統領は言えなかったのですね。インフレの話をすれば、ミャンマー人はインフレ率が10%程度だとは思っていないですよね。もっと上がっているという実感がある。一般庶民が接する生活必需品はもっと上がっています。

高瀬 若い人は目の前のものに夢中で、携帯や服に走っています。自動車も欲しいと言います。外資系企業は、そういった若者のステータスになります。だた、その厳しさの中ではじき出される人も多いですから、そういう人が何をするかというと、起業です。優秀かも知れないが十分な経験はなく、ただ自信はある。多くの人は、はたから見ると成功するようには見えませんが。

佐藤 起業という面で言うと、12月9日にヤンゴン証券取引所ができて、資金調達への道が開けました。起業したい人へのアドバイスができる環境もできてきています。証券取引所は投機の場ではないので、そうした本当の資金調達の需要がどれだけあるのか、来年は様子見ですね。

【特集1】2016年はこうなる!(2)

運命の総選挙を経て、政権交代を選んだミャンマー国民。アウン・サン・スー・チー議長率いる国民民主連盟(NLD)による政権運営は2016年のミャンマー経済にどう影響を与えるのか、また、懸念される貿易赤字やインフレはどうなるのか。新興国経済に詳しい大和総研の佐藤清一郎主席エコノミスト、長年ミャンマーで生活し現地の政治経済に精通する武蔵富装の池谷修ミャンマー支店長、ミャンマー出身で若者の動向に詳しいチェルモの高瀬智也(チョー・へイン・ハン)CEO とともに、徹底討論した。
(司会は本誌編集長)

チャット相場は下落予想

――ここでみなさんに、ミャンマーでビジネスをする際の最大の関心事のひとつ、2016年末のチャット相場を予想して、フリップに書き込んで頂きたいと思います。今年は大きく下落して、12月上旬現在では1ドル= 1280Ks台で推移していますね。私としては、チャット安は構造的な問題と考えていますので、来年も下落が続き、50%の確率で1ドル= 1500Ks を超えるのではないかと思います。池谷さんは「50%の確率で1430~1460Ks」とだいぶ細かい予想ですね。

池谷 はい、この1年で25%~30%くらい下がっていますが、これは急激すぎると考えています。現在のチャット相場は歴史的にみても、一番安い水準に近づいています。一方で、貿易赤字は短期的に好転する要素がありません。こういうことを考え、1割程度の下落という予想です。

佐藤 経常赤字の拡大と高インフレ率の是正の可能性は小さいので、通貨は下落します。天然ガス価格も安いですし、ミャンマーの農産品も高くは売れませんから、貿易不均衡は続きます。米ドル自体の相場にも左右されますが、70%の確率で1500~1800Ks の水準になると考えています。来年あたりはまだ大丈夫でしょうが、再来年は1ドル= 3000Ks くらいまで行くかもしれません。

高瀬 政治的な安定を願う意味もあり、1ドル= 1400Ks 台の水準と思います。

ネットビジネス元年到来なるか

――これまで国レベルの経済の話をしてきましたが、ビジネスに話を移したいと思います。2016年にミャンマーで流行るもの、もしくは有望なビジネスは何でしょうか。本誌2015年7月号で特集した「ミャンマー版ヒット商品番付」では、東の横綱が「トヨタ車(中古)」、西の横綱が「SIM カード」となっており、ほかにも「フェイスブック」や「ギャラクシー」といったスマートフォン関連が並びました。

池谷 SIMカードは来年も普及が進むのではないですか。ミャンマーの新規加入者数は、インド、中国、米国に次いで4位だそうです。携帯を使うことが現代的でかっこよく、しかも車よりも簡単に手に入るステータスの代表になっています。低所得層に広がっていくでしょう。

高瀬 携帯の普及は、地方のほうが顕著で「テレビはなくても携帯はある」という状況が生まれていますね。ただ、まだミャンマー人は携帯やインターネットの使い方がわかっておらず、「インターネットとはフェイスブックのことだ」と思っている人もいます。ダウンロードにお金がかかると言って、せっかく買ったスマートフォンにアプリをいれない人も少なくありません。
 これは、ネットの速度が遅いことや料金が高いことが一因ですが、速度や価格は改善しており、2016年にはネット関連ビジネスが花開くと思います。多様なアプリを使いこなす若者も増え、IT 業界で新ビジネスが生まれてくるのではないでしょうか。

佐藤 私は、NLD政権に敬意を示して、米国関連のものが流行るのではないかと思いますね。選挙が終わり制裁解除の環境も整いましたし、米国企業が大挙してやってきます。 来年かどうかはわかりませんが、スターバックスやマクドナルドなどがある風景がヤンゴンでもみられるようになるのではないでしょうか。