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【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉がミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<第32回>認定NPO 日本・ミャンマー医療人育成支援協会会長 岡田 茂 氏


今回のテーマ:ミャンマーの医療に何が必要か


日本ミャンマー医療人育成支援協会会長
1940年生まれ。岡山大学医学部卒業後に医師免許取得。1969年、同大医学博士。ヤンゴン第一医科大名誉教授。1980年から1990年まで京都大学で講師を務める中、ミャンマーの医療支援プロジェクトに携わった。ミャンマーの肝臓がん、C 型肝炎の現状改善に貢献し、献血制度の実現に尽力する。2006年、日本・ミャンマー医療人育成支援協会を設立、医師だけでなく看護師、助産師や技師の育成にも力を入れる。

ミャンマーで血液を研究 売血禁止運動が実る

永杉 本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます。先生は1996年に、ヘモグロビン遺伝子異常による貧血症「サラセミア」に関する論文を執筆されているほか、NPO法人の日本・ミャンマー医療人育成支援協会の会長および岡山大学病院長特別補佐なども務めておられます。ミャンマーの医療人材育成の第一人者とお聞きしておりますが、ミャンマーの医療支援に関わることになったきっかけは何だったのでしょうか。

岡田 ミャンマーとの関係は1987年にさかのぼります。1970年代から総合病院、看護大学、医学研究局(DMR:Department of Medical Research)の建設といった国際協力機構(JICA)のプロジェクトがあり、この時の主幹校が京都大学でした。当時、私は京都大学で講師を務めていたので、当該プロジェクトの濱島義博教授の誘いによって、1987年の12月に初めてミャンマー(当時はビルマ)に来たのです。壊れたトランジスタが道端で売られていたり、道路も相当なデコボコで驚いた記憶があります。

永杉 先生は、ミャンマーのサラセミアに関する論文で有名ですが、これはどのような経緯から執筆することになったのですか。

岡田 わたしの専門は血液学で、特に鉄代謝研究です。鉄は体にとって必須な金属ですが、体内に溜まり過ぎると悪影響を及ぼします。サラセミアという病気は、遺伝性貧血症の一種で、貧血が高度の場合は輸血が必要となります。その結果、体内に多量の鉄分が溜まってしまい、心臓、肝臓、膵臓などで問題を起こし、場合によって20代でも心不全などを誘発します。ミャンマーにはこの病気の遺伝子保因者が多く、異常の種類にもよりますが、10%程度になると言われています。
 また、ミャンマーでは、肝臓がんが多く、40歳代が肝臓がんのピークであり、60歳代で発症のピークを迎える日本とは状況が大きく異なっていました。当時、私はこの状況は鉄分の過剰蓄積が原因ではないかという仮説を立てました。そしてこのことを立証するために、1996年に文部科学省の研究費を得て、DMRと一緒にミャンマー人の血液について研究を始めることにしたのです。「サラセミア患者における肝臓がんの早期発生」という課題で研究を進め、実際にこれを立証する証拠を多く見出しています。また、その過程でサラセミア患者の血液を調べますと、頻回輸血を受けた患者の90%以上がC型肝炎を持っていることがわかりました。これは輸血用血液が売血により調達されており、C型肝炎ウイルスに対するスクリーニングがされていないことが問題だったのです。2000年からDMRとJICAの支援により、ミャンマーで初めて輸血液のC型肝炎スクリーニングを開始することができました。
 2001年からは売血をやめて献血にしようという活動も行い、2002年には献血用バスをJICAの支援で導入できました。この事業は途中評価を経て、2005年まで実施する予定でしたが、2003年にアウンサン・スー・チー氏の軟禁があり、米国などの経済制裁が強化され、JICAの支援が打ち切られてしまいました。それでも2004年には、法律で売血は禁止になりました。個人的には、この活動が人生の中でもっとも意義のあった仕事ではないかと感じています。

岡山大学との交流協定 人材育成へ踏み出す

永杉 現在、日本・ミャンマー医療人育成支援協会を主宰されていますが、どのような思いでこの協会をはじめられたのでしょうか。

岡田 2003年にJICAからの支援は打ち切られましたが、岡山大学から学長裁量経費が認められ、活動を続けることができました。実はこの献血キャンペーンの実施中の2002年に岡山大学と保健省との間で研究者の交流協定が締結されたのです。当時の保健大臣はヤンゴン大学の元学長チョー・ミン氏、副大臣は元教授のミャ・ウー氏でした。京都大学の濱島教授と親交のあった両氏は1987年の初めてのミャンマー訪問時から私も存じており、軍事政権下ではありましたが、交流協定締結をスムーズに進めてくださいました。人のつながりは大切なものだとつくづく感じました。これが医療人育成支援を始めるきっかけにもなりました。
 ミャンマーの医療は非常に遅れていますが、外国からやってきて短期間の医療活動をするだけでは、大きな貢献はできないことを痛感しています。ミャンマーの医療水準を高めるためにはミャンマーをよく知るミャンマー人自身が育たなくてはならないのです。大学退職後の2006年にNPO 法人日本・ミャンマー医療人育成協会を立ち上げ、この活動を続けることにしました。
 ミャンマーの医療関係者は、知識は持っているのですが、圧倒的に経験が足りません。そこで、日本へ彼らを招へいし、勉強・経験を積んでもらいます。その人材がミャンマーに帰国し、知見を広めることで、ミャンマーの医療水準向上へ寄与することを目指しています。彼らが日本の医療人とネットワークをつくることで、新たな医療に挑戦することも可能になります。

ミャンマー投資 日本にとり安心の投資環境へ

永杉 今年、銀行ライセンスが9行に発行されました。中国は1行、韓国は0行という中で、日本は三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3行が銀行ライセンスを取得することができました。
 これにはどのようなミャンマー政府の意図があるとお考えでしょうか?

岡田 投資や貿易、国際協力、開発の分野において、日本は非常に重要なパートナーであり、それらを円滑に進めるためにも日本の銀行が必要だと考えていることが分かります。
 ミャンマーでは、"経済特区"という経済発展に重要なプロジェクトがいくつかあります。その中にティラワ経済特区開発や、ダウェイ経済特区開発といったプロジェクトがあり、日本は中心的な役割として参画しています。
 政府としては、これらのプロジェクトに関する投資を円滑に行い、成功させたいと考えているためだと思います。日緬の年間貿易額については500万ドル程度だったものが、直近では2300万ドルに伸びている実績があります。つまり、短期間でお互いの経済関係がより強固なものになっているのです。税関システムも日本の国際協力機構(JICA)の協力により改善されているといったこともあり、日本にとっても取引がしやすい環境が整い、より多くの日本企業がミャンマーとの関係を深めていくと思います。すでに640社以上の企業がなんらかの形でミャンマーと交易しています。

外国人の力だけでは何も変わらない この国で医療を支える人材を育てたい

教育システムに課題 医大卒業後の仕組み改善が必要

永杉  先生は日本人初のヤンゴン第一医科大学の名誉教授でいらっしゃいます。ミャンマーでは、医学部を卒業してもなかなか医師になれないと伺っていますが、これはなぜでしょうか?

岡田 私は、医科大学を卒業した後のシステムに問題があるのではないかと考えています。ミャンマーでは医学部を卒業した後、国立系の病院で研修医の経験がなくては医師になれません。しかし、ミャンマー政府には、すべての医科大学卒業生を雇用するための予算がありません。また、指定された研修施設が僻地にあり、研修医が嫌うこともあるのです。また、研修終了後の専門医になるには、さらに狭き門を通過しなければなりません。このような理由から、医師になるための経験を得ること自体のハードルが高いといえます。また、国家試験がないことから学識レベルも一定ではないので、質の保証もなかなか難しい状況となっています。我々は国家試験の重要性も提言しています。現在、ミャンマー政府は医師不足の現状に危機感を感じ、予算も増額していると聞いております。

看護師、薬剤師も不足 医療関係者の育成が課題

永杉 先生の今後の活動はどのようなものになりますでしょうか。

岡田 医療というのは医師だけで行うことはできません。例えば看護師です。看護大学においても学長は医師となっており、ミャンマーでは看護学で博士号をとっている人が1人もいません。現在、岡山大学に看護学で博士課程を履修しているミャンマー人看護師がいますが、これが最初だと思われます。薬剤師についても同様のことが言えます。ミャンマーで流通している薬について、それらが本物かどうか、誰も判断できない状況となっています。現在、保健省のFDAという機関がその担当なのですが、機関の中に薬剤の研究経験者や、学位を取得している人が見当たりません。
 また、医療機器の高度化が進んでいるのに、ミャンマーにはこれに対応できるメディカルエンジニアがいない状況です。こうした人材を育成するため、岡山大学と協力し、積極的に教育を進めていきたいと考えています。
 それから最後になりますが、ミャンマーではお産にまつわる母体、乳幼児の死亡が非常に多いのです。このため助産師のいない農村部から若い女性ボランティアを募集して、補助助産師6か月の教育を始めました。その第1期生20名の研修が昨年10月に終了しました。今後の彼女らの活躍が楽しみです。この活動は今後5年間継続の予定です。

永杉 まさに今のミャンマーに求められていることだと感じました。本日は貴重なお話をたまわり、ありがとうございました。ミャンマーの医療向上のため、今後のご活躍をお祈りしております。


MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
MYANMAR JAPONおよび英語・緬語情報誌MYANMAR JAPON+plus発行人。日緬ビジネスに精通する経済ジャーナリストとして、ミャンマー政府の主要閣僚や来緬した日本の政府要人などと誌面で対談している。独自取材による多彩な情報を多視点で俯瞰、ミャンマーのビジネス支援や投資アドバイスも務める。ヤンゴン和僑会代表、一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合特別委員。

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