【TOP対談】ミャンマーの先輩に問う!

MYANMAR JAPON代表の永杉が日本・ミャンマーの第一線で活躍するリーダーと対談し、"現代ミャンマー"の実相に迫ります。

<2014年7月号>JETROヤンゴン事務所 高原 正樹 所長

今回のテーマ:[創刊1周年記念]激動のミャンマー、この1年

日本貿易振興機構(JETRO)ヤンゴン事務所 所長
1965年生まれ、新潟大学法学部卒。89年日本貿易振興会(当時)に入会。海外調査部中東アフリカ課、米州課に勤務後、96年~2000年ニューヨーク事務所にて調査を担当。04~09年に上海事務所次長、経理課長、機械・環境産業企画課長等を経て、12年5月より現職。

※ JETRO(Japan External Trade Organization)は経済産業省所管の独立行政法人、政策実施機関。

長い潜考期間を経て進出へ
リピート訪問の日本人増加

永杉 本日はお忙しい中、お時間を頂戴しましてありがとうございます。早いもので前回の対談から1年が経ちました。お互い歳をとりましたね(笑)。この1年間、ミャンマーの経済やビジネス環境は激変していると肌身で感じています。日本人や日本企業の増加を見ても顕著に表れていますし、街中では外国人が明らかに増えています。実際、日本企業の動向はいかでしょうか。

高原 1年前の対談時に、数多くの日本人がヤンゴンを訪れているという話をしましたが、引き続き状況は変わっておりません。毎月500~800名くらいの人が来所します。ただ1年を振り返ると、明らかに変わった点はいくつかあります。1つはビジネス訪問者の質です。以前は視察や情報収集をミッションにして来る方が多かったのが、最近は本気でビジネスを考える方の“ リピート訪問” が目立ちます。

年に1度の展示会『Japan Festival』への出展状況を見ると、今までは製造業よりも6,000万人といわれるミャンマー消費者に対してサービス・製品を売りたい、という日系企業や販売代理店の強い勢いがありました。また1年前は「インフラがない」「工業団地もない」という状況下で視察に来ても、「時期尚早だ」とあきらめて帰る人も多かった記憶があります。しかし、今はティラワ経済特別区の開発が具現化し、スケジュール通り来夏には開業する方向で進む中で、製造業分野で具体案を持って来所する人や企業が増えてきた印象です。

事業の中味としては、例えば段ボール製造や腕時計の部品製造、インスタント麺の製造など、長い検討期間を経て本格的に事業展開に動き出す企業が出てきています。ただ全般的にいえば、日本の進出企業の大半は実質的には駐在事務所であって、情報収集や代理店の支援を主に1人、2人でやっているケースが未だに多いです。まだ芽吹きの段階と言えるのではないでしょうか。

消費者の変化が顕著に
良くなる一方で落とし穴も

永杉 国の変化はいかがでしょうか。この1~2年で外資が入ってきたことによって、雇用された若者の生活も変化しました。給料が増えれば、購買意欲も高まります。消費財が売れ、市場は活性化していく。ジャンクションスクエア等の大型ショッピングモールに行ってみると、一目でわかります。この1年間の変化というのは、どういうところに現れて、どのような結果をもたらしているのでしょうか。また、急成長し、変化も激しいからこそ注意しなければならない点は何でしょうか。

高原 国際統計上では、ミャンマーは未だに1人あたりの年間GDP が900数十US ドルというアジアの最貧国に近い数字ですが、ご指摘の通りその一方では、ショッピングモールに行くと普通に買い物をしている人たちもいます。この1年で顕著に感じるのは、外資が入ったことで、例えば携帯電話事業のライセンスを取った会社などでは、大規模に雇用を開始してスキルのある人を高額で採用するなど、ホワイトカラー層の収入がどんどん上がってきていることです。

少なくともヤンゴン市内では、中間所得者層が増えてきて、消費に影響を与えているはずです。ここ最近の驚きでいえば、日本料理店が増え続け、日本の外食チェーンがミャンマーに上陸を始めたこと。居酒屋やラーメン店がオープンし、ハンバーガー・チェーン店も進出を予定しています。初の海外店舗をミャンマーに設けるケースもあって、驚きと共に、ミャンマー市場への大きな期待を感じますね。店にミャンマー人客も多いことから、受け入れられていると分かります。

注意すべきは、法律面の変化です。12年11月にできた外国投資法の細則を見直すという話が出たり、経済特別区の改正法が今年1月に通ったりしましたが(施行細則は未発表)、いろいろなことが変わっていくため、いつでも法律を見て「できる・できない」をウォッチし続けないといけません。担当や省庁によって判断が異なることがあるため、法律面でのセカンドオピニオンは必要にですね。

ヤンゴン日本人商工会議所(JCCY)の登録企業数は、2012年3月の段階では53社だったものが、2014年5月末の段階では168社と、3倍以上に増加。同年4月、5月の2カ月間で新たに22社が加入するなど、進出のスピードは確実に増している。

1年で大きく変化を遂げたミャンマー
進出日本企業とミャンマーの将来は――

この1年で顕在化した問題
両者が感じた今年の光明は

永杉 この1年間の変化のひとつとして、ミャンマー人材の不足があります。雇用の拡大とともに給料が上昇している中、急成長するミャンマーならではといえる体験をしました。
当社は関連会社で人材紹介サポート事業を行っていますが、ある日系の縫製企業がマネージャークラスのミャンマー人材を求めていました。企業は月給800USドルでオファー、しかし面接で当人が提示した金額は1,500USドル。もちろん採用には至りませんでしたが、極端なズレも垣間見えます。

高原 不足といえば、進出企業を中心に海外からの外国人が急増し、住居や宿泊先の確保に困りました。特にヤンゴンの不動産価格高騰は想像以上で、直近のホテル、オフィス、住宅価格は異常でしたね。ただし、市場自体は供給が増え、今までみたいに「予約が取れない」「泊まれない」「物件がない」状態からは緩和されつつあります。

「ティラワ経済特別区と貴誌の情報発信力に期待」

永杉 この状況はミャンマー経済、特に今まで足踏みしていたような外資系企業にとっては朗報ですね。
今後のミャンマーの発展に期待は高まりますが、これからの日系企業の動きなど、どのようになると想定されていますか。

高原 ペースは変わらず、まだしばらくは進出を希望する企業が絶えずミャンマーを訪れることでしょう。当所の来客数の推移を見ていても感じます。ただし、目的がより具体的に、投資プランを持った方々が占めるのではないか、とみています。業種では、これからは製造業分野が出て来やすい環境になりますね。日本政府が円借款で特区のインフラ整備をします、という好条件はなかなか他にはないと思います。
ところで最後になりましたが、1周年おめでとうございます。ミャンマーで初めての月刊誌として発行され、ビジネス関係の記事を中心によくまとまっていて、参考にさせてもらうことも多いです。特に地図や生活関連情報が充実しているので、私もいつも使わせてもらっています。これからも楽しみにしています。

永杉 ありがたいお言葉、光栄です。今後もますます変化を遂げるミャンマーにおいて、“ 生“ の情報を誌面やサイトを通じて届け、日本ミャンマーの友好と経済推進のために尽力していきます。

 2014年2月にヤンゴンで行われたJETRO 主催『Japan Festival 2014』。出展後にミャンマー進出・本格展開を決めた日本企業もかなりの数に登るという。ティラワ経済特別区の進捗を含め、JETRO 等の支援機関による存在は心強い

MYANMAR JAPON CO., LTD. CEO
ビジネス情報誌「MYANMAR JAPON BUSINESS」、「MJビジネスバンコク版」、ヤンゴン生活情報誌「ミャンジャポ!」など4誌の発行人。英語・緬語ビジネス情報誌「MYANMAR JAPON+plus」はミャンマー国際航空など3社の機内誌としても有名。日本ブランドの展示・販売プロジェクト「The JAPAN BRAND」ではTV番組を持つ。ミャンマーの政財界や日本政府要人に豊富な人脈を持ち、ビジネス支援や投資アドバイスも務める。 一般社団法人日本ミャンマー友好協会副会長、公益社団法人日本ニュービジネス協議会連合会特別委員、WAOJE(旧和僑会)ヤンゴン代表。